"身代わり花嫁と一千万円の通帳" 第34話
卓の向こうで、誠治さんは湯呑みを両で包み、啜ると、私の顔をじっと見つめて言った。
「……美いなあ。本当に、美いよ」
祖母がくなる直に遺してくれた言葉が、私のを満たしていった。
『遥の淹れたお茶を、遥の顔を見て美しいって言ってくれるが、いつか現れるといいねえ』
(おばあちゃん……いたよ。こんなの温かい町に、私の居所があったよ)
ストーブの炎を見つめながら、私は微笑んだ。
「誠治さん。あののこと、覚えてますか? 私が『万だけ欲しい』ってをげたのこと」
誠治さんは照れくさそうに笑った。
「覚えてるよ。『じゃあ千万渡しておくね』って言ったやつだろう? あんなに驚かれるとはわなかったよ」
「当たりですよ。誰だって腰を抜かします」
の笑い声が、静かな部に響いた。
私は湯呑みを両で包み、ずっと伝えたかった謝を言葉にした。
「私……ずっと、自分は余り物なんだとってきてきました。姉のおがりばかりで、押し付けられてここへ来たんだって」
誠治さんは湯呑みを置き、ゆっくりと首を横に振った。
「押し付けられただなんて、度もったことはないよ。……ばあちゃんがくなってから、俺は毎、真っ暗でえ切ったこのにで帰ってきていたんだ。でもね、遥さんが来てくれてから、川沿いのを帰ってくる、このの窓に温かいかりが灯っているのが見えるんだ。
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台所から、お噌汁のいい匂いが漂ってくるんだよ。……君が来てくれたから、このに、俺のに、かりが灯ったんだ」
私の目から、粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
誠治さんはこたつの向こうから私の隣へと座り直し、私が泣き止むまで、あの赤く荒れた温かいで、私の背を優しく撫で続けてくれた。
それからという歳が、穏やかに流れていった。
私は今、週に、野の瀬のへ通い、午は入所者さんたちの話し相をし、午はトメさんから託された茶筒を使って、ひとりにわせたお茶を淹れる仕事を正式に任されている。
を縫って介護職員初任者研修の講義にも通い始め、正しい介助の識と技術をつずつにつけていくのが、楽しくてたまらなかった。
名古の勇さんからは、今のもトメさんのした極の茶が段ボール箱いっぱいに届いた。
あの若い介護士の川さんは、見事に国試験である介護福祉士に格し、今では輩たちに慕われる派なリーダーへと成した。
実の父は、リハビリの甲斐あって杖をついて自力で歩けるようになり、週に、所のデイサービスへと笑顔で通っている。曜には、姉の也が父の子を押して、所の公園へ散歩に連れしているそうだ。
私の誕には、姉から『お父さんが、遥の淹れたお茶がみたいって言ってるよ。誕おめでとう』という、器用なメッセージが届いた。母からも、約束通り毎しずつ、預かられていたおが私の座へと返済されている。
居の茶箪笥の引きしには、あの千万円の通帳が今も切にしまわれている。私がこので使ったのは、灯油代と台への見いの交通費くらいのものだったが、そのおはので根が壊れた暮らしのお寄りのの修繕費として、誠治さんのによって温かくかされていた。
の気配が濃くなったあるの夕暮れ。
仕事を終えた誠治さんと私は、赤く染まり始めた野の瀬のの庭を、並んで歩いていた。
坂のには、夕を浴びて輝く商の根と、穏やかな川の流れが見渡せる。
ベンチに座っていた入所者のおばあさんたちが、「遥ちゃん、今のお茶も美しかったよ!」とを振ってくれ、事務所の窓からは施設が「倉田さん、は本社の役会議ですからね!」と声を張りげ、坂を通りかかった源蔵さんの軽トラのクラクションが陽気に響いた。
私はを止め、隣を歩く誠治さんの顔を見げた。
「……は、ではきられないんですね」
誠治さんは優しく目を細め、私のをそっと握り返してくれた。
「そうだよ。
だから俺も、遥さんにかされているんだ」
夕が、の繋いだを茜に染めげていた。
私はもう、誰かの代わりではない。
倉田遥として、このするの隣で、この温かな町の々と共に、もまた、を込めた最の杯のお茶を淹れ続けていく。