"6年間の節約生活、夫にとっては「庶民ごっこ」だった" 第2話
玲奈の唇が、震えながらその名を零した。 久世正臣。 商千億円を超えるゼネコン・都発企業『森川都基盤』の現任会。 玲奈の代理が、社運を賭けて型PRコンペに挑んでいる相の、最権力者だった。
同じホテルの別会で、財界のレセプションがかれているとは聞いていた。 だが、なぜその物がここにいるのか。
久世会は、玲奈のことなど瞥もくれなかった。 老紳士は、私の隣につ夫のに歩み寄り、
く、々と、度の腰を折った。
「若様。このような所でお見かけするとは」
会から、完全に音が消えた。
誰も息をしていないのではないかとうほどの静寂。 玲奈の元で、シャンパングラスが刻みに揺れ、カチカチと乾いた音をてていた。
「久世さん」
夫の声が、これまで聞いたことがないほどたく沈んでいた。 いつもの温な夫の顔は、そこにはなかった。
「その呼び方はやめてくれと、何度も言っているはずです」
「……これは、失礼いたしました。つい昔の癖で」
久世会は恐縮したようにをげ、私のほうに線を向けた。 その目は極めて鋭く、だが私を認めた瞬、柔らかな敬のを帯びた。
「奥様ですね。はじめまして。森川都基盤の久世でございます。常頃より、若……いえ、蒼太さんには変お世話になっております」
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……え? 森川?
私のので、夫の名字と、あの巨企業の名が衝突した。 が、処理できない。 夫の実は、方の古いだと聞いていた。 父親とは折りいが悪く、親族付きいはほとんどないと、それだけを聞かされていたはずだ。
混乱する私ので、久世会は再び夫に向き直り、声をくした。
「蒼太さん。先お願いした件ですが、そろそろ役員会に良いお返事をいただけないでしょうか。歴史区の再プロジェクト、現の統括には、あなたのお力が必欠です」
「久世さん」
夫が遮った。 その声には、確な拒絶と気が滲んでいた。
「その話は、ここではしないでください。妻とプライベートで来ているんです」
「……申し訳ありませんでした。過ぎた真似をいたしました」
久世会はもう度くをげると、静かに踵を返し、付き添いのとともにっていった。
嵐がったあとのバンケットルームは、異様な空気に包まれていた。
「彩乃……ご主、森川都基盤の、どなたなの……?」
誰かが震える声で呟いた。 それを皮切りに、先ほどまで私たちを巻きに見ていた同級たちが、波のように押し寄せてきた。
「え、もしかして創業の方?」 「専務のお名、森川さんじゃなかったっけ」 「ちょっと彩乃、そんな凄いと結婚してたの!? 言ってよ!」
名刺を差しそうとする男たち。
媚びるような笑顔で夫を取り囲む女たち。 先ほどまで「レンガの現作業員」として見されていた夫が、瞬にして「千億企業の御曹司」として祭りげられていく。
醜悪だった。 だが、それ以に醜悪だったのは、玲奈の変わりようだった。
玲奈はのように真っな顔をして、震えるで私のにった。 に持ったグラスの面が、激しく波打っている。
「彩乃……あの、さっきは、ごめんなさい。冗談のつもりだったの。私、まさかご主が、そんなの方だなんてらなくて……」
掠れた声。 さっきまでの圧倒な優越はどこにもない。 あるのは、社運を賭けたクライアントの創業に喧嘩を売ってしまったという、純粋な恐怖だけだった。
私は、夫の胸元から線をし、玲奈の目を見つめた。
「らなかったから、あんな酷いことを言ったの?」
「え……?」
「夫が本当におのない職だったら、あんなふうに笑って、惨めだって見してよかったの?」
玲奈は息を詰まらせ、喉を鳴らした。 言葉がてこないようだった。 周囲の同級たちも、私のたい声に気圧されて押し黙る。
「彩乃、もうよう」
夫が私の腕を引いた。 私は何も言わず、玲奈から線をした。
ホテルのエントランスをると、黒塗りのセンチュリーが静かにハザードを点滅させてまっていた。 運転がドアをけ、恭しくをげる。
久世会が配しただった。
「奥様、どうぞお乗りください。ご自宅までお送りいたします」