みかん小説
本棚

"「毎日そんなに持ち帰るのか」厳しい常連客が父を見て泣き崩れた" 第19話

「おお、帰ったか。……今は、えるな」

「そうだね。今夜はね、お父さんの好きなハンバーグだよ」

私はエプロンを締め、由紀と緒に台所にった。 父のノートに残されていた配。 玉ねぎをじっくりと飴になるまで炒め、赤ワインを煮詰め、隠しに自製のリンゴ酢を数滴。 ジュウジュウとフライパンので肉が焼ける音が、狭い台所によく響く。

ちゃぶ台のに、つの皿が並んだ。 柔らかく煮込んだハンバーグに、たっぷりのソース。

父はスプーンを取り、ゆっくりとに崩してへ運んだ。 もぐもぐと咀嚼し、ごくりとみ込む。

そして、ふっと目尻をげて笑った。

「……うん。うまいな」

「本当? よかった」

以の私なら、きっと必になって問い詰めていただろう。 『お父さん、覚えてる? これ、お父さんののだよ』と。 自分のを、過の栄を、無理やり父ののから引っ張りそうとしていただろう。

けれど、もうそんなことはどうでもよかった。 過を忘れてしまっても、名をいせなくなっても。 今、この所で、目のの料理を「うまい」とじて笑っている。 その事実だけで、分だった。

父はスプーンを置き、ふと議そうに私の顔を見つめた。 その瞳には、悪気のない、純粋な好奇が浮かんでいる。

「……あなたは、ここのかい?」

由紀が息を呑み、しそうに私を見た。

けれど、私の胸の奥には、さざ波つたなかった。 私は微笑み、父の髪混じりのを優しく見つめながら、静かに答えた。

「うん。お父さんと緒に、ご飯をべるだよ」

父は「そうか」と嬉しそうに頷き、再びスプーンをに取った。

「それは、ありがたいねえ」

狭い居に、の夜の柔らかなが吹き抜けていく。 私たちは並んで座り、温かい湯気の向こうで、ゆっくりと夕をべ続けた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: