みかん小説
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"新調した下着と消えた八百万円" 第1話

たいがフロントガラスを激しく叩いていた。ワイパーを止めた暗い内には、スーパーの平置き駐を照らす燈の青いと、くの幹線をる型トラックの排気ブレーキのい唸り声だけが届いていた。

助席の元には、いレジ袋が転がっている。に入っているのは、とくに欲しくもなかった特売の牛乳パックと、値引きシールの貼られたカットリンゴ、それに何となく籠に入れたチューブ入りの姜だけだった。

澪はステアリングのに両腕をね、そこに額を押し当てていた。

止まらない。どうしても、涙が止まらなかった。

しゃくりげるような嗚咽が喉の奥で詰まり、胸の骨がきしむように痛んだ。まぶたの裏に、数分の自宅のリビングの景が、鮮すぎる解像度で焼き付いてれなかった。

――「疲れたから、今くのやめよっか?」

シンクに流れるのを止め、濡れた両を丁寧にタオルで拭きながら、夫の貴之はそう言ったのだ。

あまりにも軽やかな、何気ない声音だった。まるで、「の朝はパンにする?」とでも尋ねるような、常の些末な確認事項と同じトーンだった。

その、澪はすでに、のに昨夜選び抜いて用した真しいネイビーのレースのブラジャーとショーツを着けていた。

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洗面所の暗い接照ので、ファンデーションを塗り直し、普段の仕事用よりもしだけの濃いリップを引いて、唇の輪郭を指先でなぞったばかりだった。

鏡に映る自分の顔は、代を迎えてし目尻にが落ちていたけれど、それでもどこか揚していて、わずかに潮していた。今朝、貴之が玄関で革靴を履く背に向かって、「今、約束通りこうね」と声をかけたの、彼の曖昧な、けれど拒絶ではなかった頷きを反芻しながら、澪は臓の鼓を抑えられずにいたのだ。

結婚して。 のあいだに、肌をねる夜がなくなってから、すでに以のが流れていた。

いわゆる「レス」という言葉を、澪はネットの匿名掲示板や女性向けメディアのコラムで何度も見かけていた。そのたびに胸がチクリと痛み、まるで自分自が妻として、女として落第点を突きつけられているような惨めさに苛まれてきた。

だからこそ、昨晩、リビングでテレビを見ている貴之の隣にい切って座り、震えるで彼の袖を引いて、「久しぶりに、どこか……ホテルでもってみない?」と提案したのだ。常の匂いが染み付いた寝ではなく、非常の空であれば、止まってしまったの計の針が、もう度きすかもしれない。そんな、すがるような願いを込めて。

あの、貴之はスマートフォンから線をげ、ふっと穏やかに目を細めて、「うん、たまにはそういうのもいいかもね」と言ってくれたはずだった。

それなのに。

仕事から帰宅した貴之は、いつも通り「ただいま」と言い、ネクタイを緩め、澪が作った豚肉の姜焼きを美しそうに平らげた。付けを褒め、職ののない愚痴をこぼし、べ終わった器を自分からちがってシンクへ運んだ。

「俺が洗うよ。澪は座ってて」

そう言ってくれた貴之のろ姿に、澪は胸をくしていたのだ。洗い物をしてくれているに支度を済ませようと、で洗面所へ向かい、ポーチをけ、をうなじにひと吹きした。そんな自分の浅ましさ、滑稽さ。

「疲れたから、今くのやめよっか?」

その言で、積みげてきた期待のすべてが、になって崩れ落ちた。

貴之に悪気はなかったのかもしれない。仕事で疲れていたのは本当だろう。彼は建設コンサルタントで構造計算を担当しており、現と図面の板挟みで神経をすり減らしているのはっていた。

けれど、それなら。 疲れていたのなら、どうして玄関をけて帰ってきた瞬に言ってくれなかったのだろう。 「ごめん、今残業でへとへとだから、また別のにしよう」と、ただそれだけ言ってくれればよかった。

あるいは、せめてこちらの気持ちを気遣って、「か今週末にする? ごめんね」と、冗談交じりにでも笑いかけてくれればよかった。

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