"顔合わせの個室で、相手の母親は私の過去に怯えていた" 第20話
……そので、もう度、梨さんにプロポーズさせてください」
「ええ。待ってるわ」
のに流れる、静かで確かな信頼の空気。 親の歪んだ価値観に引き裂かれることなく、自分たちので未来を選び取ろうとするの姿を見て、私の胸の奥に温かいものが広がっていった。
それから、ヶのが流れた。
季節は巡り、横浜のには柔らかなのが吹き始めていた。
黒田メディカル・システムズの正に関する調査は、極めて厳格かつ法な続きに則ってめられた。 宮本隆が代表を務める同会社宮本企画に対しては、過における実態のないコンサルティング料の全額返還請求がなされた。 宮本は当初抵抗したものの、私が提した当の業務完確認と、野寺さんがまとめた緻密な資の流れを突きつけられ、全額の返還と取引の完全止にした。
刑事告訴にまでは至らなかったものの、業界内での宮本の信用は完全に失墜した。 そして玲子さんは、役員待遇の親族としての権限をすべて剥奪され、会社の公式事や親族の集まりへの席を切禁じられた。 婚には至らなかったが、正彦さんとの夫婦関係は完全にえ切り、世体を何よりもんじていた女性にとって、それはどのような法な罰よりも残酷な、静かな社会失脚となった。
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方の直さんは、宣言通り青葉区の実をて、関内のさな賃貸マンションで暮らしを始めていた。 週末には梨と会い、しずつ、親のに怯えない自分たちだけの関係を築き直しているようだった。
そして、私の常もまた、何つ変わることなく続いていた。
関内の古い雑居ビル。 カタカタと、使い慣れた卓を叩く乾いた音が部に響く。 元の商の百さんや、文具卸の会社から預かった伝票と向きう毎。 何億円というをかすわけではない。 けれど、汗垂らして働いた々の真っ当な営みを、正しい数字として記録していくこの仕事が、私は今も変わらず好きだった。
「お母さん、お待たせ」
夕暮れ、事務所のドアをけて梨が入ってきた。 には、デパで買ってきた焼き鳥のパックと、しだけ等なビール。
「お疲れ様、梨。ちょうど今、次の締めが終わったところよ」
私たちは事務所のさな湯でグラスを準備し、応接用のテーブルに惣菜を広げた。 窓のには、夕に照らされた横浜港のクレーンが、キリンのように首を並べている。
グラスをわせ、喉を潤す。
のない世話をいくつか交わした、梨がふと、グラスを見つめながらをいた。
「ねえ、お母さん」
「ん?」
「あの顔わせの……どうして最初から、直さんのお母様の悪事を言いふらさなかったの? に正を見つけていたこと、席に着いた瞬に突きつけていれば、あんなに偉そうに侮辱されることもなかったのに」
娘の純粋な疑問に、私はさく苦笑した。
「梨。仕事でった秘密を、私な復讐の武器に使うような真似をしたら……それは、あのと同類になってしまうわ」
焼き鳥の串を本に取り、私は続けた。
「相が無礼だからといって、こちらも品性を捨てていい理由にはならないの。私は、ただの記帳係よ。でもね、自分の仕事の原則を守り抜くことだけが、私が、胸を張ってきてこられた唯の理由なのよ」
梨は黙って私の顔を見つめていたが、やがて、く息を吐きして微笑んだ。
「……やっぱり、お母さんには敵わないな」
「当たりでしょう。伊達に、あなたを育ててきてないわよ」
のさな笑い声が、事務所の静寂に溶けていく。
ビールをみ終え、片付けを終えた頃には、はすっかり夜の帳がりていた。 コートを羽織り、事務所のかりを消す。 鍵を閉め、エレベーターを待つ暗い廊で、梨がふとを止めた。
「お母さん」
「なあに?」
梨は振り返り、しだけ悪戯っぽく、けれど真剣なを瞳に宿して私を見つめた。
「もし、これから先……直さんの親戚とか、世の誰かに、私の柄や父親のことを聞かれたら、なんて答えればいいとう?」
エレベーターが到着し、チン、と澄んだ子音が響いた。
私は娘の肩をそっと抱き寄せ、の夜が吹き抜けるへと歩きしながら、微笑んで答えた。
「あなた自のことを話せばいいのよ。それで、分。」
誰の娘であるかなど、関係ない。 誰の妻であるかも、関係ない。
自分がどのように働き、どのようにをし、どのように自分のでってきたか。 語るべきは、そのが積みねてきた確かなだけだ。
私はかつて、世のたい目に怯え、父親のいない娘に自由ないをさせているのではないかと、自分を責め続けた夜があった。 けれど、もう度と迷うことはない。
私には、守り抜いてきた仕事がある。 誇りく育ってくれた娘がいる。 そして、の物差しに頼らずとも、堂々とを向いて歩いていける、私自のがある。
それだけで、私のきてきたは、何ひとつ違っていなかったのだから。