"赤字物件と笑う夫、毎月9万の裏口座" 第1話
緑の枠線が引かれた用が、ダイニングテーブルの央に放りされた。
「婚届」
灯のいので、その文字だけが妙に浮きがって見えた。
「さっさと署名しろ。おも、もう潮だってことくらい分かってるだろ」
夫——直の声には、りもためらいもなかった。 25連れ添った妻に差しす類というより、会社のデスクでらなくなった回覧板を輩に押し付けるような、え切った雑さだった。
斜め向かいに座る義母の文子が、元の湯呑みをコトンと音をてて置く。
「直にはね、もっとふさわしいがいるのよ。パートタイマーのあんたがいつまでも居座っていたら、息子の世のまといにしかならないわ」
喉の奥が、からりと乾いた。
けれど、揺はなかった。 臓がねることも、涙が滲むこともない。
ここ数の直の夜帰宅、微かにシャツの襟から漂う甘い、週末ごとの「接待ゴルフ」という見え透いた嘘。 全部、気づいていた。
私が何も言わずに耐えていたのは、夫へのが残っていたからではない。 ただ、25のに染みついてしまった「波をてないための沈黙」が、私を縛り付けていただけだった。
「……分かりました」
私は引きしから黒の油性ボールペンを取りし、テーブルに置かれた用を引き寄せた。 の震えは、議なほど止まっていた。
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届の欄に、自分の名をき込む。 浦、恵理。
義母がフンとを鳴らし、あからさまに勝ち誇った笑みを浮かべた。 夫の直も、私がこれほどあっさりペンをらせるとはっていなかったのか、瞬だけ眉をかし、すぐに満そうにの端を歪めた。
そのだった。
「話がくて助かるよ。……ついでに、これもサインしておけ」
直がビジネスバッグのファスナーをけ、もう1枚、ホチキスで留められたの類を滑らせてきた。
『産売買に関する媒介委任契約兼承諾』
表に並ぶ黒い朝体の文字を見た瞬、指先が張った。 記載されている所の欄に、見慣れた所が印字されていたからだ。
埼玉県川。 5にくなった私の父が、涯をかけて守り抜いた、あの文具のと建物だった。
「……何、これ」
「見れば分かるだろ。おの実の古い舗だよ。どうせあそこ、もう何も赤字続きで、固定資産税と修繕費を垂れ流してるだけだろ。俺たちもになるんだ。俺が今までボランティアで管理してやってたも、これで終わりにする」
直はさも当然のように腕を組み、顎で類を指した。
「ちょうどりいの業者が、あのボロを引き取ってくれるって言ってる。解体費用も向こう持ちで、元にいくらか残るように話をつけてやったんだ。
おにとっちゃ願ってもない条件だろ」
胸の奥に、たいざらつきがった。
……待って。 何かがおかしい。
私は類をめくり、印字された数字に目を落とした。
と、3階建ての鉄骨造建物。 提示されている売却希望価格は、周辺の相をらない私が見ても、息が止まるほどかった。 古の軽自を数台買えば消えてしまうような端が、そこに記されている。
さらに、買主の欄には「資会社K-Plan」という、聞いたこともない会社の名。 連絡先としてかれた話番号は携帯話の番号だけで、代表者の氏名もどこか自然に伏せられているように見えた。
「……買いって、誰なの?」
「言っただろ、りいの産だって。おがいちいち詮索することじゃない」
「でも、ここは私の名義よ。父から相続したと建物だわ」
「だから、おのサインが必なんだよ!」
直の声が、段階く尖った。 先ほど婚届を差ししてきたの、あの余裕ぶった淡さはどこへったのか。 額にい青筋が浮かび、線が私の元にあるペンに釘付けになっている。
「いいからくけ。先方はまでに返答が欲しいって言ってきてるんだ。この会を逃したら、あんな築40以のガラクタ、度と売れなくなるぞ!」
「そうよ、恵理さん」
義母が苛ったようにを乗りしてきた。
「パートの稼ぎしかないあんたが、あの建物を維持できるわけないじゃないの。