"夫のスマホ「あの女は自分から出ていくよ」" 第3話
巡査は困ったように眉を指で揉んだ。 その仕だけで、彼が何を言おうとしているのかが残酷なほど分かってしまった。
「奥さん。お気持ちはよく分かります。ショックだったでしょう。ですがね、警察というのは『事件』が起きないとお伝いできないんです。このメッセージの内容だけでは、倫や夫婦のトラブル、つまり民事の領域なんですよ。今すぐ警察がご主を呼びして取り調べたり、逮捕したりすることは法にできません」
「民事……」
「ええ。もしの危険をじて帰宅できないのであれば、今夜はホテルに泊まるか、ご実を頼られることをお勧めします。婚や慰謝料、あるいは嫌がらせの相談でしたら、平の昼に弁護士さんの無料相談や、女性相談センターにかれるのが番確実ですよ」
丁寧で、淀みなく、そして完璧に突き放された対応。 これが現実だった。
警察は、庭のでじわじわと真綿で首を絞められるような悪からは、助けてくれない。 血が流れるまで、骨が折れるまで、あるいは法な切れ枚が揃うまで、ここは介入しないのだ。
その、私のトレンチコートのポケットので、スマホが甲い着信音を鳴らし始めた。
ビクッと肩がねる。 取りした画面には、見たくもない文字が表示されていた。
『義母』
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喉が詰まり、呼吸が止まりそうになる。 巡査が「なくていいんですか?」というような線を向けてくる。
私は震える指で、通話ボタンをスワイプした。 元に当てたスピーカーから、慣れた、ねっとりとした義母の声が鼓膜を刺した。
「もしもし、千鶴さん? あなた、今どこをほっつき歩いてるの?」
最初から、気を孕んだ声だった。
「……お義母さん」
「正から今、焦って話があったわよ! 事の途であなたが急にいなくなったって。ねえ千鶴さん、まさかとはうけど……あなた、さっき正と約束したこと、また忘れたんじゃないでしょうね?」
背筋が、カッとくなり、次の瞬に凍りついた。
「約束……? なんの、約束ですか」
「ほら! やっぱり忘れてるじゃないの!」
義母の勝ち誇ったような、嘲笑の混じった甲い声が話越しに響く。
「の朝番で、役所にす介護保険の更類をあなたが預かるって、がけに正と話してたでしょう? 正がわざわざ会社から持ち帰ってくれた類よ。それをレストランで受け取るはずだったのに、急にいなくなるなんて……千鶴さん、あなた本当に丈夫なの?」
「そんな約束、がけにしていません!」
わず交番ので叫んでしまった。 巡査が眉をピクリとかして私を見る。
話の向こうで、義母はわざとらしくい、いため息をついてみせた。
「……千鶴さん。そうやって自分の失敗を全部のせいにするの、もうやめなさい。正も私も、もう限界よ。自分の記憶がおかしいってこと、いい加減に認めたらどうなの? 、所の療内科の予約を取ってあるから。いいからく帰ってきなさい。恥ずかしいったらありゃしない」
方に通話が切られた。 ツーツーツーという無質な切断音が、静かな交番に虚しく響いた。
の震えが止まらなかった。 全部、繋がっていた。
夫がで私を撒き、義母がで待ち構え、堀を埋める。 私が「約束を忘れてパニックになり、夜のを徘徊した壊れた妻」という既成事実が、今この数分で完璧に仕てげられたのだ。
「……奥さん? 丈夫ですか」
巡査が配そうに声をかけてくる。 私はスマホを握りしめ、青ざめた唇を噛み切るほどく引き結んだ。
「丈夫です。……ありがとうございました」
私はく礼すると、逃げるように交番をびした。 夜のたいが、涙で濡れかけた頬を容赦なく叩いた。
泣いている暇なんて、秒もない。 あのに戻れば、の朝には「精神科へ連れてかれる妻」の来がりだ。
私は駅のホームへ駆けがり、震える親指でLINEの連絡先を探した。 親戚でもない、夫の息のかかっていない、私の過をる唯の。
、結婚に勤めていたさな会計事務所で、ずっと机を並べていた同期の友――田由紀の番号だった。
川から総武線の各駅に乗り、都内のれにある由紀のマンションに着いたのは、夜零を回った頃だった。