"四十八歳、二十五年の家事を「無職」と呼ぶ夫へ" 第21話
子供たちがきくなれば、べ盛りの息子の好物を作り、義母の体調にわせて塩分を控え、柔らかく煮込んだ。
族の誰ひとりとして、私の誕に「お母さんは何がべたい?」と聞いたはいなかった。 私自ですら、自分の「べたいもの」が何なのか、考えることすら忘れていた。
「お母さん? どうしたの?」
奈美の配そうな声に、私はに返り、さくをすすった。 そして、自分の胸の真んに、静かに問いかけた。
私、今、何がべたい?
誰かの都でも、さでも、のなさでもない。 私というひとりのが、今、番にしたいもの。
「……お寿司」
喉の奥から、ポロリと言葉がこぼれ落ちた。
「回らない、駅のさなあのお寿司さんで……美しいマグロと、がべたいわ」
話の向こうで、奈美が嬉しそうに吹きした。
『オッケー! 予約しとく! お母さん、くおいでよ!』
通話を切ると、たいのが頬を撫でた。 けれど、体の芯には、ぽっと灯がともったように温かかった。
駅の裏にある、カウンターが席だけのさな寿司。 簾をくぐると、酢飯と苔のいいりが漂っていた。
「お母さん、お誕おめでとう!」
奈美と亮が、ビールとウーロン茶のグラスを掲げた。 私もさなビールのグラスを持ち、ふたりのグラスにカチンとわせた。
目ので職が握ってくれた、艶やかな赤のマグロをに運ぶ。
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舌ので脂がほどけ、濃な旨が広がる。
「……美しい」
わずから漏れた言葉に、子供たちが顔を見わせて笑った。
のない会話。 奈美の職の愚痴、亮の学のサークルの話。 そこには、父親の顔を窺う緊張も、誰かが誰かを犠牲にする苦しさも、何ひとつなかった。 ただ、自したのが、互いを尊しながら囲む、穏やかで温かい卓があった。
をると、夜がすっかりえ込んでいた。
「お母さん、これ」
改札ので、奈美がさな袋を渡してくれた。
「誕プレゼント。亮とふたりでおしって買ったんだ」
「ありがとう。ふたりとも、今は本当にありがとうね」
に乗り込む子供たちにを振り、改札を抜けて、私は夜のをひとり歩いてアパートへ戻った。
部に入り、かりをつける。 玄関で靴を揃え、コートを脱いでハンガーに掛ける。 何ひとつ乱れていない、私の、私だけの静かな部。
コートのポケットから、奈美にもらったプレゼントを取りし、窓辺の丸テーブルのに置いた。 丁寧に巻かれたリボンをほどき、包みをける。
からてきたのは、落ち着いたネイビーの革表がついた、品のスケジュール帳だった。
に取ると、しっとりとした本革のみと、しいの匂いが腔をくすぐった。
私はデスクライトをつけ、ペンてからお気に入りの万を抜いた。
帳の、真っなページ目をく。
そこには、子供の発の予定も、夫の張のスケジュールも、義母の通院記録もかれていない。 誰かの都に塗り潰されていない、完全に真っな余。
私は呼吸をして、万のペン先を、最初のにそっと落とした。
『今、やりたいこと』
インクが、いに静かに染み込んでいく。
、の京都へ、で葉を見にく。 、商簿記級の試験に挑戦する。 、になったら、ベランダでハーブの鉢植えを育てる。
文字をき連ねる指先は、もう度と震えていなかった。
歳の誕の夜、私はすべてを失ったのだと絶望した。 のを、丸ごと否定されたのだとい詰めていた。
けれど、歳になった今、私はようやくっている。
私はを失ったのではない。 自分自を縛り付けていた呪いから、抜けしたのだ。
私のは、いつからだって、私自のでし直すことができる。
窓のを見げると、澄み切ったの夜空に、凛としたがひとつ、静かに瞬いていた。