"「母の十分は無駄」と笑った夫の失脚" 第1話
「たった分でいいのよ。顔を見せてくれるだけで」
スマートフォンのスピーカーから漏れる母の声は、息が混じってかすれていた。 先週から膝の痛みがひどいと言っていた。 声を聞くだけで、ベッドから起きがるのすら苦労しているのが分かった。
「あのね、健さん。お母さんのホーム、ここからで分もかからないの。ちょっとだけ寄って——」
私の言葉を遮るように、トランクのドアが乱暴に叩きつけられた。 バタン、とい属音が体駐に響く。
「おい。何回同じこと言わせるんだ?」
夫の健が、級ゴルフバッグのカバーを苛たしげにえながら振り返った。 その目は、のゴミを見るようにえ切っていた。
「連休初の渋滞を舐めてるのか? たった分寄りしただけで、速の流で以ロスするんだよ。い寄りに、わざわざ会いにく理由がどこにある」
「でも、お母さんが……」
「が痛いなら湿布でも貼って寝てりゃいいだろ。どうせ施設にスタッフがいるんだ。誰かが面倒見てくれる。そのためにい払って入居させてるんだろうが」
部座席のスライドドアがき、助席に乗るはずだった義母の子が顔をした。 傘を優雅に畳みながら、眉をひそめて私を見ろす。
「由美さん、あなたねえ。健が今期、どれだけきな数字をげて営業トップになったか分かってるの? 今からの温泉旅は、息子の昇祝いなのよ。
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なんでのの寄りに、私たちがお伺いをてなきゃいけないの」
「お義母さん、って……私の母です」
「施設に入ってる点で、世には『できていけない』なの。息子のを引っ張るんじゃないわよ。だから寄りのない寄りは図々しいのよ」
健が運転席のドアにをかけ、舌打ちをつ落とした。
「おい、乗るのか乗らないのか、どっちだ。おのくだらない実事に付きってる暇はない」
私の喉の奥が、砂を噛んだようにカラカラに渇いていた。 。 この男の顔を伺い、嫌を損ねないように笑い、理尽な言葉をみ込み続けてきた。 「私がすれば、波はたない」 そうやって自分に言い聞かせてきたの残骸が、元にく沈んでいる。
私はハンドバッグの持ちを、指がくなるまで握りしめた。
「……連休、分もダメなの?」
「分だって無駄だ」
健は吐き捨てるように言った。
「誰の稼ぎで飯えてるとってんだ。パートの遣い稼ぎしかできない女が、の利くな」
内の空気が、ピシリと凍りつく。 義母は面そうに元を歪め、健は当然の権利のようにシートベルトを引きした。
「分かりました」
私は歩、からがった。
「ってらっしゃい。私は母のところへきます」
健が目を丸くし、次の瞬にあからさまな侮蔑の笑みを浮かべた。
「は? 何言ってんだ、お。代をドブに捨てる気か? どうせ途で泣きついてくるに決まってる。母さん、構わずこう。放っておけばいい」
の窓が酷に閉ざされ、黒塗りのミニバンが排気ガスを残してりった。
駐の暗い蛍灯の、私はでち尽くしていた。 膝がかすかに震えている。 けれど、胸の奥底で、何かが静かに、決定な音をてて断ち切れたのをじていた。
料老ホームの自ドアをくぐると、独特の消毒液とほうじ茶の匂いがをついた。 祝の午、談話には族連れの姿がちらほら見える。
エレベーターで階へがり、母の部のドアをノックした。
「お母さん、由美です」
「……由美かい? いてるよ」
ベッドに腰掛けていた母は、私の姿を見るなり驚いたように目を見張った。
「まあ、どうしたの。健さんと旅へくんじゃなかったのかい」
「やめたの。お母さんの顔が見たかったから」
母の首は、痛々しいほどパンパンに腫れがっていた。 湿布を取り替える私のを、母の温かいがそっと包み込む。 その皺だらけのを見ていたら、さっきまでこらえていた涙が溢れそうになった。
ふと、ベッドの脇に置かれたサイドテーブルに目が留まった。
見慣れない、いプラスチックの箱。 コンセントに繋がれ、緑のさなLEDランプが規則に点滅している。