"台所の生贄、義母の黒革手帳" 第11話
あのにおいて、私はのとして尊されてなどいなかった。義母がかつてわった苦しみをなぞらせるための贄であり、都のいい無の政婦に過ぎなかったのだと。
あの、私は台所を捨て、敷居を跨いでへと踏み込み、すべてをのに晒した。 鳴り散らす義父、泣き叫んで見苦しい本音をぶちまけてきた義母、保にる義姉、そして怯えて縋り付いてきた達也。 彼らが何もかけて築きげてきた歪んだ「当たり」の欺瞞を、私は自らので叩き壊したのだ。
婚届を突きつけ、をるまでののりは決して平坦ではなかった。 だが、調のでも、弁護士を通したやり取りでも、私は度たりとも怯まなかった。 き溜めていた帳、録音データ、そしてあの黒革の台帳の記録。 事実を武器に戦い抜き、私は親権を勝ち取り、誰にも依しない自した活をに入れた。
あの、私の元でたく固まり、息を詰まらせていた世界は、もうどこにもない。 私はの敷いた理尽なレールをり、自分のでを踏みしめ、自分ので選んだをみ、奪われかけていた自分のを、完全に自分のものとして取り戻したのだ。
「ママ、このお肉すっごく美しい! タレが染みてて、ご飯がいくらでもべられちゃうよ!」
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の端に甘辛いタレをちょっぴりつけた翼が、目を丸くしてご飯を頬張りながら、嬉しそうに言った。 過の残像は瞬で消えり、目のの温かな現実に引き戻される。
「本当? よかった。翼がたくさん伝ってくれたから、余計に美しくできたんだよ。いっぱいべてね」 「うん! 僕、おかわりする!」
さなお茶碗を両で差しす息子の姿に、私は胸の奥がじんわりと満たされていくのをじた。 誰かの顔を窺う必もなく、理尽な求に怯えることもない。 自分の作った料理を、するが「美しい」と笑ってべてくれる。 ただそれだけの、けれど何物にも代えがたい尊い常が、いま私の目のに確かにしている。
ふと線をげ、ダイニングの掃きし窓のを見つめた。 空はいつのにか、燃えるような茜から、のような群青へと静かにグラデーションを描いていた。その境界の澄み切った空に、鋭く、けれど優しいを放つ番が、ぽつんとつ、静かに瞬いている。
網戸を通して吹き抜けてきたの夜が、のいレースのカーテンをふわりと優しく揺らした。 気を帯びた昼のとは違う、どこか涼やかで、青々としたの匂いを微かに含んだ夜。 肌を撫でて通り抜けていくそのは、驚くほど軽やかで、どこまでも、どこまでも自由だった。