"「中絶して逃げた」元妻が連れていた、七歳の双子" 第19話
「ごちそうさまでした」 由美が伝票をに取ろうとした。 私はそれを静かに制し、自分の財布から代をテーブルに置いた。 由美は拒絶せず、たださく頷いた。
席をち、の入りへ向かう。 自ドアを抜けると、夕暮れの柔らかいが吹き抜けていた。 くの空が、茜から群青へとグラデーションを描いて暮れかけている。
「じゃあ、また来」 私は駐のでち止まり、にをげた。
「今は、ありがとう」
踵を返し、駅へ向かう歩へとを踏みそうとした。
そのだった。
トス、と私のコートの裾に、さなみがぶつかった。
ち止まり、振り返る。
美咲だった。 由美のをれ、私のすぐろまで歩み寄ってきていた。 握りしめたさなの掌のには、さっきのヘアゴムがあった。 そして、で、私のコートの端を、ぎゅっと指先で摘んでいた。
「美咲……?」 私がをかがめると、美咲は怯えたように肩を揺らした。 だが、逃げさなかった。
美咲は、潤んだきな瞳をげ、私の顔を真っ直ぐに見つめた。 その輪郭、その目元は、驚くほど由美に似ていた。 、私が度も見つめようとしなかった、あのの泣き顔と同じを宿していた。
美咲の唇が、さく震えた。 喉の奥で、迷うように空気が漏れる。
「……おとう、さん」
が、止まった。
の奥で、世界のすべての音が消えったようだった。
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「……え?」 私の声が、けなく擦れた。
美咲は、自分のからた言葉のさに驚いたように、パッと私のコートからをした。 そして、真っ赤な顔をして、駆けで由美の元へと逃げ帰った。
由美は、驚いたように目を見張り、自分の元にしがみつく美咲のを優しく抱きかかえていた。 そして、ゆっくりと顔をげ、私を見た。
由美の瞳の奥に、かつての刺すようなたさは、もうどこにもなかった。 かといって、未練やでもない。 ただ、の父親として、今まで逃げずに歩んできた男に対する、静かな、確かな承認のがあった。
拓が、美咲の背をポンと叩いて笑っている。
「……っ」
喉の奥から、い塊がせりがってきた。 界が急速に歪み、夕暮れののが、滲んだ滲液のように広がっていく。
泣いてはいけない、とった。 ここで私が泣き崩れたら、またあの頃の、自分を憐れんでほしいだけの「甘えた男」に戻ってしまう。 私は歯をいしばり、必に涙を押し戻した。
「……ありがとう、美咲ちゃん」
震える声で、それだけを言った。
美咲は由美のカーディガンのから、ほんのしだけ顔をし、さく、本当にさく頷いた。
それは、許しの言葉ではなかった。 の私の裏切りが消えたわけでも、母の狂気がなかったことになったわけでもない。 私たちは、度と元の夫婦には戻らないし、つの根ので暮らす族になることもない。
だが。 ゼロだった所に、極めて細い、本の糸が結ばれたのだ。 「父親としてき直す」という、果てしない試練のを歩き続けるための、最初の歩が。
「きましょう」 由美が静かに言った。 の子供のを引き、駅の方へと歩きす。
「佐藤さん」 数歩歩いたところで、由美がち止まり、横顔だけで私を呼んだ。
「来は、公園でお弁当にします。子供たちが、キャッチボールをしたいそうなので」
「……ああ」 私はくをげた。 「準備していくよ」
由美はさく頷き、今度こそを向いて歩きした。
夕暮れの歩を、つのがんでいく。 真んのしきなと、その両脇をねるように歩く、つのさな。 折、美咲が振り返り、私がまだそこにっているのを確かめるように線を投げかけてくる。 私はそのたびに、さくを振った。
追いつこうとる必はなかった。 横に並んで歩く資格は、まだ私にはない。
だが、あのたちが歩いていくの、しろを。 たいが吹いたときには、いつでもその背に傘を差しせる距を保ちながら、私は歩いていく。
ポケットので、拳を握りしめた。 指先の震えは、完全に止まっていた。
の暮れゆく空の、京のに灯がつずつ灯り始めていた。 私の歩むべきは、どこまでもく、たく、そして確かにへと続いていた。