"挙式前夜に「家を寄越せ」と迫る娘と、席を捨てた母" 第1話
「お母さん、はで来て」
純のウェディングドレスの裾を、膝をついてえていた私の元で、シルクの布が擦れる微かな音が止まった。
内の空気が、ふっと抜け落ちたような気がした。
「……でって、健司さんは?」
見げると、娘の真央は姿見に映る自分をじっと見つめたまま、微も表をかさなかった。 パールのイヤリングが、ホテルのフィッティングルームの照を浴びてたくっている。
「あのおじさんは、私の父親じゃないでしょ。なんで私の結婚式に来るの?」
淡々と、まるでの気をにするような調だった。 喉の奥が、急激にカラカラに渇いていく。
私は今、歳になる。 の夫が病気で急逝したのは、歳のだった。 突然の黒柱の喪失、残された学の娘、くのしかかる々の暮らし。必に働いて娘を学まで送りし、ようやく肩の荷をろした目ので、縁あって再婚したのが現の夫・健司さんだった。
再婚して。 健司さんは真央に対して、度として「父親面」をしたことはない。 無理に「お父さん」と呼ばせようともしなかったし、や就職、そして今回の結婚相の選定に至るまで、決して余計なしはしなかった。
ただ、族のの検を通し、壊れた網戸を張り替え、真央が暮らしを始めるときには黙って軽トラックをして荷物を運んだ。
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今回の式でも、「方から来る真央ちゃんの親戚の送迎、僕がをそうか」と、控えめに申してくれていただ。
娘が再婚を受け入れきれていないことは、ずっと肌でじていた。 、庭のに常に張り詰めていた見えない氷。それを踏み抜かないよう、私はいつも娘の顔を窺い、夫にさくをげてきてきた。
だから、夫を式に連れてかないという屈辱な条件すら、私は呑むつもりだった。 娘のれ台を壊したくない。そので、喉元までかかった言葉をみ込み、さく頷こうとした。
だが、娘はそこで止まらなかった。
「それと、お母さん。これもついでにサインして」
ドレッサーの引きしから、あらかじめつ折りにされていた枚の用が差しされた。 無質なコピー用。几帳面に印刷された黒い活字。
指先を震わせながら受け取ったそのの最部には、太いゴシック体でこう印字されていた。
『居及び財産分与に関する権利放棄確認』
文字のが、すぐにはに入ってこなかった。 界の端がくかすむ。
「……これ、どういうこと?」
「どういうことも何もないよ」 娘は背のファスナーを気にしながら、鏡越しにややかな線を私へ投げろした。 「お母さん、もう再婚しても経つんだよ? いつまでもんだお父さんのに居座るの、おかしいとわない? あのはお父さんが汗垂らして遺してくれたもの。
本来なら、娘の私が受け継ぐべき所でしょ」
臓が、鐘を打ち始めた。
娘の言う「あの」――都内にある造階建ての。 の夫がくなった、莫な相続税の支払いに追われ、漏りする根を直し、壁の塗り替えをし、固定資産税を払い続けて維持してきたのは、誰だとっているのか。
の夫が遺したのは、の権利と、築を超えた老朽だけだった。 、そのを修繕し、シロアリを駆除し、真央の部のエアコンを買い替え、壊れた湯器を取り替える費用を折半して面してくれたのは、紛れもなく健司さんだった。
「私ね、結婚したら子どもを産むつもりなの」 娘は当然の権利を主張するように、顎をわずかにげた。 「輔さんのご両親にも、結婚は杉並の広い軒にめるって話してあるの。あそこなら庭もあるし、子育てにちょうどいいから。だからお母さんは、あのおじさんと別のマンションでも借りて引っ越してよ」
息が止まりそうだった。 勝にそこまで話をめていたのか。 この子は、私たちが今暮らしている活のすべてを、自分の結婚の持参代わりに差しす気なのか。
「そんなの、急に言われても困るわ。私たちの活だって……」
「判を押さないなら、それでもいいよ」