"意識のない母の家を売る夫、その時病室のベルが鳴った" 第12話
お母さんがきている。 守るべき所がある。 それだけで、どんな沼の現実も乗り越えられる気がした。
午。 面会を告げるアナウンスが流れ、私は母にを振って病をにした。
自ドアを抜け、たい夜が吹き抜ける病院の駐へ向かう。 灯のがまばらなアスファルトのを、のキーを指先で探りながらに歩く。
私の軽自は、駐の隅、コンクリートの太い柱のにめてあった。
キーの解錠ボタンを押そうとした、そのだった。
ガサリ、と柱のから黒いがびしてきた。
「ひっ……!」
鳴をげるもなく、私の首が万力のような力で掴まれた。 をつく、烈な酒の匂いと、何も呂に入っていないような脂の悪臭。
「真紀……ッ!」
灯の青いに照らされたのは、無精髭を伸び放題にし、ネクタイを乱暴に緩めた夫の顔だった。 目は真っ赤に血り、頬はこけ、異様な気を帯びた息が私の顔にかかる。
「浩司さん……!? しなさい!」
「静かにしろ! 叫んだらただじゃおかないぞ!」
夫は私の体をのドアに乱暴に押し付けた。 背にたい属の触がり、痛みに息が詰まる。
夫は震えるで、懐からクシャクシャになった数枚の類を引き抜いた。 そして、もう片方のポケットから、真っ赤な朱肉のケースを取りし、私の目のに突きつけた。
広告
「頼む……これにサインしてくれ! 今すぐ、ここでだ!」
類の題名が、灯のので踊っていた。
【代理権限授与同 兼 債務引受承諾】
「……何よ、これ」
「これがあれば助かるんだ!」
夫は狂気に満ちた目で、唾を撒き散らしながら捲してた。
「おがお義母さんの代理として、俺に売却権限を与えていたってことにするんだ! 最初から夫婦でのだったってことにすれば、野の件は詐欺じゃなくて『民事の債務履』になる! 会社の専務にも、夫婦の連携ミスだったって説がつくんだ!」
「……正気なの?」
胃の底から、たいりがせりがってくる。
「おが連帯保証の欄にサインして実印を押せば、500万は分割払いにできる! 会社のクビも繋がるんだ! 真紀、おがサインさえすれば、誰も逮捕されない! 族全員が助かるんだよ!」
「族全員……?」
「そうだ! おが判を押せば済む話なんだよ! ほら、指をせ! 朱肉につけろ! くしろッ!」
夫が私のを乱暴に掴み、無理やりに親指を朱肉に押し付けようとねじりげてきた。 その瞳には、としての理性など片も残っていなかった。
「族全員……?」
私の喉から、くかすれた声が漏れた。
夜の駐のたい空気の、夫の首を掴む指が、ミシミシと骨を軋ませる。 朱肉の臭い油の匂いが、腔を突いた。 わずか数センチ先に、真っ赤に湿ったスポンジの面が迫っている。
「そうだ! おが判を押せば済む話なんだよ! ほら、指をせ! 朱肉につけろ! くしろッ!」
夫の唾が、私の頬にんだ。 その顔には、かつて私が見ていた「夫」の面など微も残っていなかった。 あるのは、借取りと警察のに怯え、溺れかけながらのを掴んで連れにしようとする、浅ましい獣の飢餓だけだった。
「浩司さん」
私は暴れるのをやめ、夫の目をまっすぐに見据えた。 その瞳の奥にある、底れない恐怖の揺らぎを、たく射抜く。
「困るのは族じゃない。……あなたよ」
「……は?」
「私と奈緒を、あなたの棒の共犯者に仕てげようなんてわないで」
「おっ……!」
夫の力が瞬緩んだ。 その隙を、私は逃さなかった。
捻じ曲げられていた腕を力任せに引き抜き、自由になったののひらで、夫の持っていた朱肉のケースをい切りから打ち据えた。
パシィン、と乾いたプラスチックの破裂音が響いた。
赤いインクの塊が宙をい、夫の仕てのいいワイシャツの胸元に、毒々しい赤の沫を散らして転がった。
「うわっ……! な、何するんだ!」
「寄らないで!」
私はのボディに沿ってびのき、にしていたの鍵を握りしめた。
「母は絶対にを売らない。私も絶対にサインしない。あなたが作った借は、あなたが盗んだおは、全部あなたの罪よ。私たち母娘を、あなたのケツ拭きに使わないで!」
「真紀! 待て、頼む! 待ってくれ!」