"意識のない母の家を売る夫、その時病室のベルが鳴った" 第8話
「……鍵、いてたから」
奈緒の唇が、細かく痙攣していた。 線は、リビングのに散らばった細のコピーと、夫の歪んだ顔のを何度も往復している。
「……お父さん、今、なんて言ったの?」
「奈緒、違うんだ。これはの話で、おが気にすることじゃ――」
夫が取り繕うように笑顔を作り、娘の肩にを伸ばそうと歩踏みした。
「寄らないで!」
切り声だった。 普段はしくて、を荒らげることの滅にない娘が、を塞ぐようにしてずさりした。
「触らないでよ! 全部聞こえてた! ぜんぶ……!」
奈緒の瞳から、粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「おばあちゃんのこと、老いぼれって言ったよね? あのをゴミって言ったよね!? おばあちゃんが……まだ入院してて苦しんでるのに、んだらどうせ邪魔になるとか……私の推薦入試のことまで引きいにして……!」
「奈緒、それは売り言葉に買い言葉でだな!」
「嘘つき!」
奈緒の叫びが、狭いマンションの廊に突き刺さった。
「ずっと変だとってた! 先だっておばあちゃんのにったとき、お父さん、おばあちゃんがお茶を淹れてる隙に仏壇の引きし勝に漁ってたじゃない! ベランダで話しながら『駅だから坪単価はもっと取れる』って笑ってたじゃない!」
私は息を呑んだ。 娘は、とっくに気づいていたのだ。 母親である私が「族のためにいてくれている」
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と信じ込もうとしていた、歳の娘は、父親の卑しい線をずっと肌でじ取っていたのだ。
「私、推薦なんていらない」
奈緒は袖で乱暴に涙を拭った。 その目は、父親を拒絶し、軽蔑しきっていた。
「おばあちゃんのを棒してに入れたおで学になんてきたくない! そんなおできていくくらいなら、学なんてやめる! お父さんなんか……お父さんなんか、もうっ嫌い!」
「奈緒ッ!」
夫が逆してを振りげた。 私は無でのに割り込み、夫の胸元を力任せに突きばした。
「奈緒に指本触れないで!」
夫の体がよろめき、ダイニングテーブルに腰を打した。 器がガシャリと音をてる。
「……真紀、おまで」
「荷物をまとめるわよ、奈緒」
私は夫を見向きもせず、娘のを引いた。 奈緒のは、の氷のようにたかった。
「どこへく気だ!」
夫が背から喚き散らす。
「俺のだぞここは! 勝な真似は許さんぞ! ていくなら円も活費は渡さないからな!」
「どうぞご自由に」
私は寝へ駆け込み、スーツケースを広げた。 奈緒の制、教科、数分の着替え。 自分の仕事着と、実印、通帳、母の保険証の控え。 必なものだけを無で詰め込み、ファスナーを閉めた。
わずか分。 暮らしたをるのに、それ以のは必なかった。
玄関へ向かう私たちのに、夫が両を広げてち塞がった。
「待て! 頼むからかないでくれ! おたちにていかれたら、俺はどうやって野に説すればいいんだよ! 真紀、頼む、考え直してくれ……!」
座と脅迫を、秒単位で目まぐるしくき来する男。 その瞳にあるのは、妻や娘へのではない。 ただ自分が助かりたい、そのだけだった。
「どいて」
私はたく言い放ち、にしたい鞄の角を、夫の腕に容赦なく押し当てた。
「これ以つきまとったら、今すぐ警察を呼ぶわ。夜の庭内暴力でね」
夫が息を呑み、わずかにを引いた。 その隙を縫って、私たちは夜のへとびした。
母のに着いたのは、午過ぎだった。
灯のに照らされた、見慣れた階建ての造宅。 鍵をけて玄関に入ると、懐かしい畳と線の匂いが漂っていた。 リビングに入り、気をつける。
父の写真が飾られた仏壇。 母が編みかけのまま置いていった、毛糸のひざ掛け。 テーブルのには、母の丁寧な文字でかれたカレンダー。 倒れるの付に、「奈緒、期末テスト」とさくき込まれていた。
どれもこれも、温かくて、ささやかで、母が命を削って守ってきた常そのものだった。
「……お母さん」
奈緒が私の背に額を押し付け、声を殺して泣きした。
「怖かった……お父さん、顔が鬼みたいだった……」
「丈夫よ」
私は娘の細い肩を抱きしめた。
「もう丈夫。お母さんが絶対に、奈緒もおばあちゃんも守るから。