"意識のない母の家を売る夫、その時病室のベルが鳴った" 第3話
『あの広い、更にすりゃまとまったになる』 『義母が寝たきりの今が番いい』
……まさか。
背筋を氷で撫でられたような戦慄がった。 私は鉄扉を力任せに押しけた。
ギィィ、とい属音が響く。
「ひっ……!」
踊りで話にをげていた夫が、びがるように振り返った。 その顔は恐怖で見かれ、スマホを持つは激しく痙攣していた。
「だ、誰と話してるの」
私は階段を歩がった。 声が、自分でも驚くほどく沈んでいた。
「誰の契約? なんの付の話をしてるの?」
「ま、真紀……お、盗み聞きなんて悪趣な真似を……」
「答えなさいよ!」
狭い階段に、私の号が響いた。 温で、夫の嫌を損ねないよういつも歩引いてきた私が、まれて初めて夫に向けて張りげた声だった。
夫は息を呑み、気圧されたようにずさりした。
「……誤解するな。仕事の、リフォーム案件の客だ。施主が事を急いでて、付の入確認と契約スケジュールのことで揉めてるだけだ」
「リフォームの客? ならどうして『義母の類』がてくるの? なんで母の判が必なのよ!」
「それは……その客が、たまたまお義母さんのりいで、紹介案件だったからだ! おには関係ないって言ってるだろ!」
嘘だ。 全部、嘘だ。
私は経理だ。数字の辻褄がわないときの、の濁った線と過剰な防反応を、嫌というほど見てきた。
広告
夫の目は、完全に泳いでいた。 額から流れる汗が、顎の先からのコンクリートにポタリと落ちた。
その、非常階段の扉の――廊のほうから、規則正しい革靴の音がづいてくるのが聞こえた。
カツ、カツ、カツ。
迷いのない、固い音。
「おい、子さんの病はどこだ?」
く太い男の声が、病棟の静寂を切り裂いた。
夫の顔から、残っていたわずかな気が完全に抜け落ちた。
「嘘だろ……なんで、ここに……」
夫の唇が、音もなく絶望の形に歪んだ。
非常階段から廊へると、ナースステーションのに、の男がっていた。
代半ばほど。 仕てのいいチャコールグレーのトレンチコートを着て、にはみのある革の類鞄を提げている。 鋭いで病のプレートを見回していた男は、階段からてきた夫の姿を捉えた瞬、眉をピクリとねげた。
「……ああ、いた。話を急に切るから、逃げられたかといましたよ、本さん」
男は苛ちを隠そうともせず、股でこちらへ歩み寄ってきた。
「た、野さん……! どうしてここへ……病院に来るなんて約束は……」
夫の声はけなくずり、喉がヒクヒクと痙攣していた。
「約束? 約束を破っているのはどちらですか」
野と呼ばれた男は、夫の目のでち止まり、酷な差しで見ろした。
「今夜までに、子さんの実印が押された売買契約と委任状、印鑑登録証を揃えて渡す筈だったはずだ。
話にもず、折り返しもない。こちらは会社の決済ラインを無理にかして資を用てているんだ。直接取りに来るのは当然でしょう」
売買契約。 実印。 委任状。
私の元が、ぐらりと揺れた。 血の気が引き、界の端がチカチカと滅する。
「ちょっと、待ってください」
私は震えるで、夫と男のに割って入った。
「あなた、体どなたですか? 私の母の……子の実印がどうとか、何の話をしているんですか」
男はそうに私を瞥し、それから夫へ線を戻した。
「本さん。この女性は?」
「あ、いや、これは……妻で……」
「奥さんですか。なら話がい」
野は革鞄のファスナーをけ、から透なクリアファイルを取りした。 そのに挟まれていたのは、何枚もの類のコピーと―― の印章が鮮に押された、枚の振込受領証だった。
「私は産投資ファンドの代理を務めている野という者です。先週、そちらの本浩司さんから申しを受け、子さんが所する建物の買い取りをめていました」
「……買い取り?」
声が掠れて、うまくない。
「ええ。本さんは『義母は齢でまもなく施設に入るため、を売却したいとく希望している。自分に全権を委任されている』と仰いました。駅再発の隣接域ですから、々としても好条件で提示させていただいた」