"意識のない母の家を売る夫、その時病室のベルが鳴った" 第2話
けれど、その目は、はっきりといていた。
「お母さん……!」
駆け寄った私の指先を、母のたいが、かすかに、けれど必に繰り寄せてきた。 半にはまだ麻痺が残っているのか、ピクリともかない。 それでも、母の指は、骨が軋むほどのさで私の首を掴んだ。
酸素マスクの奥で、カサカサに乾いた唇が震える。
「ま……き……」
「お母さん、喋っちゃダメ。まだ静にしてなきゃいけないんだから」
涙が溢れて、界が歪んだ。 きていてくれた。 私の好きな母が、戻ってきてくれた。
だが、母は首を微かに振った。 血った瞳を扉のほうへ向け、そこにち尽くす夫の浩司を、義母を、義弟を、射抜くように睨みつけた。
そして、掠れた、けれど芯の通った声で、言言を絞りした。
「わたしの……いえは……」
病の空気が、凍りつく。
「ぜったいに……うらない……」
「お母さん……」
「あのひとたちに……いっぽも……いれさせないで……」
母の目から、粒の涙がひとすじ、こめかみを伝ってシーツに吸い込まれた。
廊での浅ましいやり取りを、母は暗ので全部聞いていたのだ。 自分がぬのを待ち望み、を売り払って分けしようと嗤っていた義理の族の声を。 体がかない絶望ので、どんないであの呼ボタンに指を伸ばしたのか。
そううと、胸が引き裂かれそうだった。
「分かった。分かったから、もう言わなくていいよ」
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私は母のたいを両で包み込み、自分の額に押し当てた。
「あのは、お母さんのよ。誰にも渡さない。絶対に、私が守るから」
母は堵したように、かすかに目を細め、静かに瞼を閉じた。
私はちがり、病の入りへ向かった。 扉の隙から覗き込んでいた義母と義弟は、幽霊でも見たかのように青ざめ、歩退りした。
「……な、何よ。識が戻ったならいいじゃない。縁起でもないこと言って損したわ。亮介、もう帰りましょ。空気が悪くてたまらないわ」
義母は取り繕うようにでまくして、逃げるように踵を返した。 義弟も舌打ちをひとつして、母親のを追う。
だが。
夫の浩司だけは、そのから歩もけずにいた。
義母たちのように逃げすでもなく、妻の母の還をぶでもない。 壁に背を預けたまま、脂汗をびっしりと浮かべ、まるでこれから刑台に送られる罪のように、刻みに全を震わせていた。
顔は気を通り越し、にいさだった。
「……浩司さん?」
私が声をかけると、夫はビクッと肩をねげた。
そのだった。
夫のスーツの内ポケットで、スマートフォンのバイブレーションが鳴り響いた。 静かな廊に、く、苦しく響く振音。
ブーッ、ブーッ、ブーッ。
夫は怯えたように胸元を押さえ、震える指で端末を取りした。
画面にる着信表示を見た瞬、夫の喉がヒッとさな鳴をげたのを、私は見逃さなかった。
夫は私から目を逸らし、話を切ろうとした。
「ちょっと、ないの?」
「あ、ああ……取引先の、急用だ。ここで話すようなことじゃない」
夫は掠れた声で言い訳をしながら、に非常階段のい鉄扉の向こうへと消えていった。
……おかしい。
方スーパーの経理としてく働いてきた私の勘が、警鐘を鳴らしていた。 夫は宅リフォーム会社の営業部だ。仕事の話なら常茶飯事だし、普段なら「客からの急ぎの相談だ」と声で威張り散らしながら通話するはずだ。
あんなふうに、何かから逃げるように非常階段へ駆け込む姿など、の結婚活で度も見たことがない。
私は音を忍ばせ、鉄扉の隙へとづいた。 たいコンクリートの吹き抜けに、夫の必の囁き声が反響していた。
「……はい、野さん。夜分にすみません。……ええ、ええ、分かってます。分かってますって!」
必に声を抑えようとしながらも、鳴のような焦燥が漏れている。
「いや、ですから! 義母の容態が急変して、今夜類に判をもらうのは物理に無理だったんです! 嘘じゃありません、本当に病院にいるんです! ……付? それは……いや、契約がになるわけじゃないですから! もうし、あと数だけ待ってください!」
付? 契約? 類に判をもらう?
ので、バラバラだったピースが気に繋がろうとしていた。