"「部屋はどこでも同じ」と1800万奪った息子の妻" 第14話
値段は万千円。 決して級品ではない。 けれど、指先で板を撫でると、の温もりと確かなみがのひらに伝わってきた。
「こちら、お届けはいつにいたしましょうか」
員に尋ねられ、私は胸を張って答えた。
「今すぐ、持って帰ります」
軽トラックを借りるわけにもいかず、配送を待つ数すら惜しかった。 結局、配達員がそのの夕方にアパートまで届けてくれた。
部の央に据えられた、真しいのテーブル。 私はその子に腰をろし、く息を吐きした。
誰も、私をリビングのに寝かせる者はいない。 納戸に布団を押し込まれることもない。 「お寄りなんだから部なんてどこでも同じ」と嘲笑う者もいない。
ガチャリと玄関の鍵を閉めれば、そこは完全に、私だけのだった。
それから、が過ぎた。
毎になると、私の座には健の名で、正確に万円が振り込まれる。 度だけ、振込が遅れたことがあった。 私が弁護士を通じて督促の連絡を入れると、そのの夜に健から青ざめた声で謝罪のメッセージが届き、翌朝番に利息分を含めた額が着した。
息子は今、駅からい築の造アパートにみ、会社の帰りにスーパーの半額惣菜を買い、休は副業の配達員をしていつないでいるという。
広告
自分の見栄のために浪費していたツケを、汗垂らして自力で支払う々。
度だけ、孫の顔を見せに、健が私のアパートを訪ねてきたことがあった。
玄関先で靴を脱ぐ息子の背は、かつてブランド物のスーツを着て威張り散らしていた頃の面は微もなく、さく丸まっていた。
「……母さん、これ、今の……」
渡された封筒を受け取り、私は息子と孫を部に招き入れた。 孫にリンゴを剥いてやりながら、息子は畳の狭い部を見回していた。
「母さん。いつか……俺の借の返済が終わって、おが貯まったらさ。もっと広いマンションを買って、母さんを呼ぶから」
ポツリと呟いた息子の言葉に、私はわずさく吹きしてしまった。
「結構よ」
「……え?」
「今のこの部が、私にはちょうどいいの。掃除も楽だし、当たりもいい。誰にも気兼ねなく、好きなにお茶をんで、好きなに眠れる。これ以の贅沢なんて、世のにないわよ」
息子は目を伏せ、畳のへりをじっと見つめていた。 ふと、息子の線が、壁に掛けられた枚の写真に止まった。
、夫とで建てた、あの埼玉の古い造宅の写真。 庭の満のツツジので、若かった夫と私が、幼い健を真んにして笑っている。
「……母さん。あのに、戻りたいとうこと、ある?」
息子の掠れた問いかけに、私は壁の写真を見つめ返した。
夫の優しい笑顔。 あのの柱の匂い、夕暮れの台所の灯り。
「うわよ。も暮らしたんだもの。私ののすべてがあそこにあった」
私はそこで言葉を切り、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「でもね。いくらったところで、あのはもう戻らないのよ」
息子の肩が、ピクリとねた。
「あんたが壊して、私が放したの。過をいくら嘆いても、計の針は戻らない。だから私は、今あるこのを、私のでちゃんときていくのよ」
息子はそれ以、何も言えなかった。 ただ、くをげて、「ごめん……本当に、ごめんなさい」と、蚊の鳴くような声で繰り返すだけだった。
「母さん、俺……母さんがので居所をなくしてること、本当は分かってたんだ」
帰りがけ、玄関のドアノブにをかけた息子が、絞りすように言った。
「折れ曲がったパイプベッドで寝かされてる母さんを見て、胸が痛まなかったわけじゃないんだよ。……でも、母さんは絶対に俺を見捨てないって、どんなに酷い扱いをしても、最には許してくれるって……俺、甘えてたんだ。母さんのを踏みつけにしてることに、気づかないふりをしてたんだ」
遅すぎた告だった。 その言葉を聞いても、私のに波はたなかった。
「自分で気づけたなら、これからので誰にも同じことをしないようにしなさい。
……気をつけて帰りなさいね」
私はそう言って、息子の背を見送った。
カチャリとドアを閉め、鍵を回す。
い属音が響き、の世界と私の部が、静かに切りされた。
夕暮れ。 が部の奥まで差し込み、畳のにいを落としていた。
私は台所にち、やかんをにかけた。 シュンシュンとさな湯気がちり、部のを微かな温もりで満たしていく。
お気に入りの茶葉を急須に入れ、沸かしたての湯を注ぐ。 芳ばしい緑茶のりが、ふわりと腔をくすぐった。
湯呑みを両で包み込み、私は真しいオーク材のダイニングテーブルのに座った。 が、板の目を黄に染めげている。
守ってきたがは、もうない。 差ししたおも、すべてが戻ってきたわけではない。
けれど、私の元には、誰にも奪われることのない私の暮らしがある。 、何に起きるかも、何をべるかも、すべて私自が決める。
「ここは、私のよ」
誰に聞かせるでもなく、さく呟いた。
湯呑みからちる湯気の向こうで、窓のの空が、ゆっくりと茜からい群青へと溶けていく。
お茶を、喉へ流し込む。 温かいが、体の芯へとじんわりと染み渡っていった。
私は背筋を伸ばし、自分の子の背もたれにくを預けた。 もう度と、この席を誰かに譲ることはない。