"身代わり花嫁と一千万円の通帳" 第26話
夕、私が沈み込んでいる理由を職員から聞いてっていた誠治さんは、「もうかなくていいよ」とも「気にするな」とも言わなかった。
ただ、ストーブのでお茶を啜りながら、静かにこう言ったのだ。
「トメさんはね、もお茶の簾を守ってきただから……本物の美しいお茶と、それに込められたのを、誰よりもっているなんだよ」
その言を聞いた瞬、私の界の隅にあった、箪笥のの祖母の急須が、パッとを放ったように見えた。
(……そうだわ。私は、トメさんの『』を見ていなかった)
ティーバッグだから突き返されたのではない。私が、ただのルーチンワークとして、相のも状態も見ずに、マニュアル通りにお茶を配っていたからこそ、トメさんはその傲さを見抜いてったのだ。
翌週、私は施設にをげ、自宅から祖母の急須と、野の瀬商の乾物で厳選して買ってきた茶葉を持ち込む許をもらった。
お茶の、私は湯でお湯を沸かし、度湯呑みに移して適温までましてから、祖母の急須へと注ぎ入れた。茶葉がゆっくりとき、鮮やかな緑の濃なりが湯いっぱいにち込めた。
私はお盆に湯呑みを乗せ、トメさんのテーブルへと向かった。
トメさんは子ので腕を組み、険しい顔で私の元を睨みつけていた。
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私はトメさんの体を、祖母の教え通りにじっと観察した。
麻痺しているは膝ので丸まり、健常なはテーブルの端をぎゅっと力く握りしめている。
だけでい湯呑みを持ちげるのは、相当な握力とバランスを必とするはずだ。なみなみと注いでは、元が狂って傷をしてしまう。
私は湯呑みの分目までお茶を注ぎ分けると、トメさんのが最も自然に届く角度へと、取っを向けてそっと置いた。お茶の温度は、すぎず、りが番引きつ絶妙な温かさに調してあった。
「……トメさん。どうぞ、お召しがりください」
トメさんは湯呑みからちる湯気のりを嗅ぎ、瞬だけ眉をピクリとかした。
そして、を伸ばし、湯呑みを持ちげた。
ゴクリと、。
堂全体が、静まり返ったような錯覚を覚えた。
トメさんは目を閉じ、ので緑茶の旨を転がすようにわうと、さらにもう、そして最には湯呑みを傾けて、最の滴まで綺麗にみ干してしまったのだ。
あの偏屈なトメさんが、お茶を完した――周囲の職員たちが息を呑むのが分かった。
トメさんは空になった湯呑みをテーブルにコツンと置くと、鋭いで私を見げて尋ねてきた。
「……あんた、このお茶の淹れ方、誰に教わったんだい」
「くなった祖母です。
『むのを見て淹れなさい』と教わりました」
トメさんはフンとを鳴らした。
「……良いお祖母さんだ。どものお茶を、これほど引きてて淹れてもらったのは久しぶりだよ」
トメさんのその言を聞いた瞬、私の膝から力が抜けそうになった。
「私なんて……何の取り柄もないなんです。お見いだって、本当は美の姉の代わりとして来ただけで……」
胸の奥に澱のように溜まっていた劣等が、わずをついてこぼれ落ちていた。
すると、トメさんは目を吊りげ、私の顔を真正面から睨みつけた。
「何を馬鹿なことを言ってるんだい! 代わりのお茶なんてもんが、この世にあるもんかい! このお茶はね、あんたのが淹れた、あんただけのだよ!」
あんただけの。
その力い言葉が、私のの最もい傷に、温かなとなって染み渡っていった。
トメさんは子の脇に提げていた巾着袋をでまさぐると、季の入った古びた茶筒をつ取りし、私の胸元へと押し付けてきた。表面の塗装が剥げかけた、真鍮製の茶筒だった。
「これを持っていきな。私がを畳んだも、静岡の昔の茶農が毎茶の季節に送ってくれる、極の茶葉だよ。……あんたになら、この茶葉を無駄にしないでおくれだろ」
私が震える両でそれを受け取ると、堂の入りから子を押して入ってきた誠治さんが、私たちの姿を見てを止めた。