"身代わり花嫁と一千万円の通帳" 第25話
真面目で懸命な青だったが、過酷な夜勤の連続のせいか、目のには常に濃い隈が張り付いていた。
施設ので働く誠治さんの姿は、自宅での物静かな夫とは別のようだった。
作業着のにビニールの防エプロンを着け、汗だくになりながらお呂から入所者さんを子に移乗させて運んでくる。お寄りに声をかけるは、必ずに片膝をつき、相の目線のさよりもさらにから、穏やかな笑顔で言葉を紡ぐ。
お昼の休憩になっても、誠治さんは堂に残って事のまないお寄りの介助を続け、施設から「倉田さん! あなた自が倒れたら元も子もないでしょう! く休憩へきなさい!」と鳴られて、「あ、すみません……」とを掻きながら退散する姿に、入所者のおばあさんたちがクスクスと笑い声をあげていた。
ここでは、彼は何千ものトップなどではなく、本当にの臭い介護士だった。
そんなで、私自はといえば、自分の無力さに打ちひしがれるばかりだった。
の祖母の介護経験があるから、しは役にてるのではないかという淡い自負は、プロの現のでっ端微に砕された。
目の午のお茶の、私はある男性の入所者さんのに、何の気なしにい緑茶を注いだ湯呑みを置こうとした。
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その瞬、横から川さんがサッと割って入り、私のから湯呑みをそっと引きした。
「奥様、すみません。こちらの方は、嚥能がしていて『とろみ度』の指定がているんです。そのままのお茶をまれると、誤嚥性肺炎を起こす危険があります」
川さんは責めるような調ではなかったが、私は自分の軽率ながの命を奪いかねなかったという事実に血の気が引き、湯に戻ったもしばらくの震えが止まらなかった。
個の体調や嚥状態にわせた綿密なマニュアルと、徹底した全管理。庭での介護と、命を預かるプロの現とのには、越えがたいい溝があったのだ。
その以来、私はお茶を配るに、必ず湯の壁に貼られた入所者覧表の注きを、指差し確認しながら指先でなぞることを自分に義務付けた。
そして、そんな自信を失いかけていた私に対して、最も厳しい態度を取ったのが、野トメさんだった。
トメさんは、誠治さんが「自分で箸を持てるようになった」と嬉しそうに語っていた、あのお茶の元女将だった。
歳。半に麻痺があり子活を送っていたが、そのは鋭く、言葉の端々には商売を切り盛りしてきた者特の威厳が漂っていた。
ボランティアを始めて週が過ぎた午、私はトメさんのテーブルへき、施設で配られていたティーバッグで淹れた緑茶の湯呑みを、おずおずと差しした。
トメさんは湯呑みにをつけるどころか、瞥しただけで、苦々しそうに眉を寄せた。
「……なんだい、こののついたいお湯は」
「えっ……あ、お茶ですけれど……」
「こんな涸らしのティーバッグで淹れたような、めるかい! 茶葉のりも甘みもへったくれもありゃしない!」
トメさんはで乱暴に湯呑みを押し戻した。バシャリとお茶がこぼれ、トレイを濡らした。
堂にいたの入所者や職員たちの線が斉にこちらへと集まり、私の頬は恥ずかしさでカッとくなった。
「あんた、倉田君の嫁さんなんだろ? ……わざわざ都会からこんな奥の町へ嫁いできたんだから、どれほど気の利いた娘かとえば……こんなのこもってないお茶を平気ですのかい。嫁ならね、倉田君の顔にを塗るようなみっともない真似はおよし!」
トメさんの厳しい言葉が、鋭い刃のように私の胸を抉った。
私はこぼれたお茶を台拭きで拭き取りながら、ただ「申し訳ありませんでした」とをげてそのをちることしかできなかった。
その夜、自宅の台所で夕飯の支度をしながら、私の目からはポロポロと悔し涙がこぼれ落ちていた。
やっぱり、私なんかが施設へっても、まといになるだけなのだ。倉田誠治という派なの妻として相応しくないばかりか、周囲に迷惑をかけ、夫の名折れになっているのではないか。