"身代わり花嫁と一千万円の通帳" 第14話
けれど、それは彼自のき方そのものを表す言葉だったのだと、になっていることになる。
誠治さんの朝はかった。
午半に目覚まし計が鳴ると同に起きし、私が慌てて台所に駆けつける頃には、すでに自分で薬缶にお湯を沸かしていた。濃紺の作業着にを包み、古い軽自のフロントガラスに凍りついたをお湯で溶かすと、午過ぎには施設へとかけていく。
誠治さんが勤める「野の瀬の」は、自宅からで分ほどのい丘のにつ、入所定員名、デイサービスを併設した、この町で最もきな介護老福祉施設だった。
誠治さんの々の業務は、聞けば聞くほど過酷を極めるものだった。
朝からお寄りたちをベッドから起こして子に移乗させ、顔を拭き、着替えを伝い、朝を匙ずつへ運ぶ。は通いでやってくるデイサービスの利用者たちを軽自で奥の集落まで迎えにき、特殊浴槽でお呂に入れ、子を押して庭の散歩に付き添う。
に何度も巡ってくる夜勤のは、夕方のに勤し、翌の午まで、コール対応や排泄介助、徘徊する認症のお寄りの見守りに追われ続ける。
夜勤けで帰宅した誠治さんは、玄関で靴を脱ぐなり、居の畳のにバタンと倒れ込んでけなくなることも珍しくなかった。
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それでも、台所から駆け寄る私の顔を見げると、充血した目を細めて、
「ただいま、遥さん。……留守、何か困ったことはなかったかい?」
と、必ず自分の疲労よりも私の配を先にしてくれるのだった。
私たちの活は、驚くほど爪にを灯すような清貧そのものだった。
朝は、炊きたてのご飯に自製の噌汁、そして所の無販売所で買ってきた根の漬物。夕も、豆腐とネギの鍋仕てや、特売の塩鮭を焼き、もやしのおひたしを添えるといった質素なメニューが並んだ。
誠治さんの私といえば、着古して襟元が擦り切れたトレーナー数枚とあせたジーンズ、用の毛玉だらけのセーターが着あるきりだった。着と呼べるものは、あのお見いのに着ていた、しサイズのわないの背広着だけだった。落ちの軽自は、え込みの厳しい朝にはセルモーターがキュルキュルと虚しく空回りし、なかなかエンジンがかからなかった。
ただ、そんな活ので、つだけ議な習慣があった。
に回だけ、誠治さんが朝からあのの背広にネクタイを締め、どこかへかけていくがあるのだ。
「今はお休みなんですか?」
私が尋ねると、誠治さんは鏡ので曲がったネクタイを直しながら、照れくさそうに笑って答えた。
「ああ、ちょっとした研修みたいなものだよ。県の部にあるきなまで、勉会にってくるんだ」
私はそれ以、く問い詰めることはしなかった。介護士という専職である以、定期な技術研修や資格の更講習があるのだろうと、素直に信じ込んでいたからだ。
毎の朝になると、居の茶箪笥の引きしのに、決まってい封筒が通置かれていた。
をけると、折り目のないピンとした万円札が枚、綺麗に揃えて入れられていた。
「今の活費だよ」
誠治さんはがけに、靴紐を結びながら言った。
「気代や代、プロパンガスの料や固定話の基本料は、全部俺の座から引き落とされるようになっているから。その万円は、費と用品の買いしに使ってくれ。……もしりなくなったら、しないでいつでも言ってね」
私は「ありがとうございます」と両で封筒を受け取り、くをげた。
々の買いしは、自宅から靴を履いてを分ほど歩いた所にある、野の瀬商で済ませた。
肉、魚、百が軒を連ねる古いアーケードだったが、シャッターをろしたままの空き舗も目っていた。百の「百」のご主は、私が初めてを訪れた、付きの根を本、頼みもしないのにレジ袋のへポンと放り込んでくれた。