"身代わり花嫁と一千万円の通帳" 第10話
と言わんばかりの、ややかな嘲笑が微かに浮かんでいた。
やがて仲居さんが朱塗りの盆に乗せた急須と湯呑みを運び入れ、座敷の隅に置いて礼してがっていった。
「おお、それじゃあ乾杯のにお茶でもいただこうか。わしが淹れよう」
源蔵さんが元を引き寄せ、急須の取っを握った。しかし、の農作業と齢のせいで、源蔵さんの指先は刻みに震えていた。急須を持ちげた拍子に元が狂い、ドバッとこぼれたい緑茶が、漆塗りの黒いお盆のにたまりを作ってしまった。
「ああ、いかんなあ……! がづいて寒くなると、どうもこのが言うことを聞いてくれんでな……みっともないところを見せてしもた」
源蔵さんがけなさそうに顔を赤らめた瞬、私の体は考えるよりも先にいていた。
「源蔵さん、私がやります。お任せください」
私は膝して源蔵さんの元へみると、ポケットから清潔なハンカチを取りし、お盆のの滴をく、けれど音をてずに拭き取った。そして、急須を両でそっと受け取った。
蓋のに差し指を添え、お茶の温度を掌で確かめる。沸かしたての湯が注がれていたため、まずは湯呑みにお茶を注ぎ分けることで、しだけ湯気ちを落ち着かせた。
祖母の教えが、私の指先を自然にかしていた。
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まず、が震えていた源蔵さんのには、湯呑みの分目までお茶を注ぎ、こぼれる配のない量にとどめた。そして、源蔵さんが両でしっかりと包み込んで持ちげられるよう、取っのない湯呑みの正面を源蔵さんの胸元に向けて静かに置いた。
母のには、普段通りの温度のお茶を分目まで注いで差しした。
そして、最に誠治さんのへ。
私は誠治さんの赤くあかぎれが切れたをもう度盗み見た。あんなに皮膚がくなって傷がいているに、々の湯呑みを持たせたら、皮膚が痛んでしまうに違いない。私は急須ののお茶がしめるのを待ってから、肌よりしい程度のぬるめのお茶を注ぎ、誠治さんのが届きやすい絶妙な位置へと滑らせた。
「……どうぞ、お召しがりください」
私がをげると、源蔵さんが目を丸くして嘆の声をげた。
「おお……! ありがとう、遥ちゃん。なんて際がええんじゃ。湯呑みもすぎず、持ちやすくて本当に助かるわい」
母は自げに顎をしゃくり、わざとらしい笑い声をげた。
「あら、源蔵叔父さん、この子は昔からそういう雑用や働きだけは得なんですよ。何しろ、取り柄がそれくらいしかありませんからねえ。……姉の也はね、もっと華やかな世界できておりますのよ。
国際線のフライトで世界をび回って、英語も堪能で、今は商社の受付でVIPのお相をしておりますの。どこへっても男性からお声がかかって、本当に自の娘で……」
見いの席であるにもかかわらず、主役であるはずの私のを完全に無して、居わせてもいない姉の也の自話を延々と繰り広げる母。
私は膝ので指を組み、ただ静かに湯呑みの緑の面を見つめていた。しいというすら通り越して、いつもの常がここでも繰り返されているだけなのだと、めた諦めが胸を満たしていた。
母がひとしきり姉の自話を語り終え、得げに息を吐いた、そのだった。
それまで黙って伏し目がちにお茶を啜っていた誠治さんが、湯呑みを畳のにコトリと静かに置いた。そして、澄んだ、よく通る声で、母の言葉を遮るようにをいたのだ。
「お母様。……今は、遥さんご自のお話を聞かせていただけないでしょうか」
座敷の空気が、ピシリと凍りついた。
母は鳩が豆鉄砲をらったような顔をしてをポカンとけ、言葉を失った。私自も驚きのあまり臓がねがり、弾かれたように顔をげた。
誠治さんは、母のそうな表など気にするもなく、その真っ直ぐで誠実な瞳を、私だけに真っ直ぐに向けていた。
「遥さん。先ほどのお茶の淹れ方、とても温かくて優しかったです。……どなたに教わったのですか?」
見らぬ男性から、自分の為そのものを認められ、自分自の過について尋ねられたのは、私ののので、これが初めてのことだった。