"鍵をかけた部屋で、誰かがシャワーを浴びている" 第20話
「ひとつだけ、答えて」 私の声は、自分でも驚くほどく、静かだった。 「あなたが、私が寝ているに部に入った最初の。あれはいつ?」
由佳は線をしだけ泳がせた。 唇を舐め、掠れた声で呟いた。
「……先の、」
先。 私の記憶が、急速にその付へと遡っていく。
曜の夜だった。 翌にデザインのコンペを控えていて、夜まで作業をして、過ぎにベッドに入った。 だが、ひどい胃痛に襲われて目が覚めたのだ。
計は、午分を指していた。 私は喉がカラカラに渇いていて、寝をて、キッチンの蔵庫から麦茶を取りしてんだ。胃薬をで流し込み、洗面所の鏡ので、ぼさぼさの髪をぐしでえた。 それから、トイレに寄り、再び寝へ戻って眠りについた。
全の血が、逆流するような覚に襲われた。
「あの夜……」 私の喉が震えた。 「私、分に起きて、キッチンで麦茶をんだ。洗面所の気をつけて、胃薬をんだ」
由佳は何も言わなかった。ただ、細く息を吐いた。
「あんた……あのとき、どこにいたの?」
由佳は線を伏せた。 膝のに置かれた彼女の指先が、さく震えていた。
「……お呂」
蚊の鳴くような声だった。
「ドアは?」
「……しだけ、いてた。センチくらい」
息が止まりそうだった。
「あんた……私を見てたの?」
「見てない」 由佳は首を横に振った。
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だが、その唇が微かに震えていた。 「見ようとしたら、見つかっちゃうから……見ないようにしてた」
「じゃあ、何をしてたのよ!」
由佳はゆっくりと顔をげた。その目は、完全にを失っていた。
「バスタブのに……ってたの」
「……え?」
「靴を脱いで、靴も脱いで……濡れないように、空っぽのバスタブのに、息を止めてってたの。腕のに、田島さんから預かった、あの袋を抱きしめて」
背筋を、巨な氷柱が突き抜けた。
「紗織が……ペタペタ歩いてくる音が聞こえた。キッチンの蔵庫がく音。麦茶をコップに注ぐ音。ゴクゴクって、喉を鳴らしてむ音……全部、聞こえてた」
由佳の声は、淡々としていた。まるでお気に入りの映画のワンシーンを回しているかのように。
「それから、洗面所の引き戸がいて、気がパッとついた。折れ戸の擦りガラスの向こうが、急にるくなって……紗織のが、すぐそこに見えた。洗面台の鏡を見て、ため息をついて、蛇をひねってをす音……」
彼女は私の目をまっすぐに見つめた。
「あのとき、紗織との距……メートルもなかったよ。いプラスチックのドア枚挟んで、紗織は鏡を見てて、私はバスタブので、臓が破裂しそうになりながら、息を止めてた」
吐き気が、限界まで達した。 あの夜。 私は眠い目を擦りながら、自分の部の洗面台でをんでいた。
そのわずか数センチろ、浴の暗がりの、たい浴槽の底に、血まみれのを抱えたこの女が、息を潜めてっていたのだ。
「あんた……」 私の声は、もはやりですらなく、恐怖と絶望に震えていた。 「だから……あの夜、私がに起きてきたとき、『今はどうしてこんなにく起きちゃったの?』って言ったの……?」
由佳は、ふっと自嘲するように元を歪めた。
「そうよ」
酷な、乾いた響きだった。
「だって、紗織はいつも、夜に起きるとしても半だったから。半に起きて、おをんだら、朝の半まで絶対に起きない。それが紗織のリズムだったじゃない。だから、を過ぎれば、もう起きるはずがないってってたのよ」
彼女はを乗りし、アクリル板の通気に顔をづけた。 その瞳の奥に、澱んだ暗いが揺らめいていた。
「く寝に戻ってほしかったのよ。紗織が寝に戻ってくれなきゃ、私、荷物をまとめられないでしょ? いつものように、朝までく眠っててくれれば……私、全部綺麗に片付けて、始発でていくはずだったのに」
「私のよ……!」 私はアクリル板を拳で叩いた。鈍い音が面会に響く。 「私の部なのよ! あんたの部じゃない! なんでそんなことが言えるのよ!」
「そこまでです!」 背の会官が私の肩を掴み、引きそうとした。 向こう側の留置管理官も、由佳の腕を掴んでちがらせた。
由佳は引きずられるようにずさりしながら、最に私を見つめた。 その顔に浮かんでいたのは、謝罪でも反省でもなく、ただ自分の計算が狂ったことに対する、虚しい苛ちだった。