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"末席の男が放った三百億の通告" 第8話

めで、語尾を過剰に伸ばさない、静かで澄んだ声。

昔とまったく同じ響きだった。

俺はグラスを置き、隣の女性の顔を見つめた。

「……久しぶりだな。元気にしてたか?」

「元気だったよ」

貞子は、俺の問いかけをそのままオウム返しにして微笑んだ。

「弘君は? 元気だった?」

俺は苦笑し、軽く肩をすくめてみせた。

「なんとかきてるよ」

貞子はにした皿をテーブルの端に置き、子をほんの半歩だけろに引いた。俺と彼女のに、かつてのの教にあった、製の机つ分のよい距がまれた。

「お仕事は?」

貞子は割り箸を割りながら、気負いのない調で尋ねてきた。

「応、会社をやってる」

「やっぱり」

貞子はさく度、く頷いた。そして、目元を柔らかく細めた。

「昔から、働くことだけは誰よりも得だったもんね」

「……それ、褒めてるのか?」

俺が苦笑すると、貞子は箸を止め、まっすぐに俺の瞳を覗き込んできた。

「すごく褒めてる」

俺の胸の奥から、ふっと余計な力が抜け落ちていった。この宴会にを踏み入れてから、張り詰めていた肩の筋肉が緩んだのは、これが最初だった。

貞子は今、元の図館で司として働いている。松本からの返信ハガキにそうかれていた。公の図館はお盆の期でも館しており、貞子はこのも夕方まで貸カウンターで業務をこなしてから、この会へ駆けつけたのだという。

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につけているのは、装飾のまったくないシンプルな紺のワンピース。胸元にネックレスもなく、腕計も実用な革ベルトの国産品だ。エリがいる座の卓の華やかさから見れば、おそらく界にすら入らないな佇まいだった。

「お母さん、お元気?」

貞子が、ふいに声を落として尋ねてきた。

母の入院や闘病の歴史をるだけが持てる、い配慮の滲む声だった。

「に、くなったよ」

「……そっか。ごめんね、らなくて」

「いいんだ。墓がこっちにあるからさ、盆には毎帰ってきてるんだよ。さっきも墓を洗って線をあげてきたところだ」

「じゃあ、今は帰ってきてよかったね。お墓参りも、ここも」

貞子はそれ以、母のについて根掘り葉掘り尋ねることはしなかった。踏み込まず、しかし温かく受け止める。その距の測り方が、まさに昔のままの田貞子だった。

「弘君は、京のどの辺りにいるの?」

「本社が港区で、もそのくだよ」

「港区……」

貞子は、その名をまるでい異国のの名であるかのように、ぽつりと呟いた。それ以の追及はなかった。京の港区に会社を構えているという報から、会社の資本や規模を詮索しようとする気配すら微もない。そんな邪推の材料を、このは持ちわせていなかったし、持とうともしていなかった。

「弘君、スーツ、よく似ってるね」

「これか? 駅の量販で買った物だよ」

貞子は、俺の袖の擦れたを、ほんの秒だけ静かに見つめた。

「ってる。でも、すごく似ってる」

貞子は、エリと同じ所を見ていた。スーツのの質、仕てのランク――見ている所の正確さはエリと寸分違わなかった。

だが、そこから紡ぎされる言葉の温度だけが、真逆だった。

俺と貞子は、を卒業してからの、決して頻繁に連絡を取りっていたわけではない。数に度、賀状をやり取りするか、携帯のアドレスが変わったときにい文面を交わす程度の、淡い関係だった。

会社の業績や売のことなど度もいたことはなかったし、貞子から尋ねてきたこともない。

それでも、俺はこのの、こののを忘れたことはただのたりともなかった。

その理由は、のの記憶にあった。

の。縫製で無理なシフトに入り続けていた母が、職のコンクリートのので倒れた。過労と度の貧血、そして栄養失調がなり、医師から即座に週の絶対静と入院を言い渡された。

俺は、母の入院費と活費を稼ぐため、学を休んで朝から病院と自宅と弁当を往復し、夜は倉庫で夜勤に入り続けた。

丸週、のを度もくぐることができなかった。

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