"末席の男が放った三百億の通告" 第6話
「……まあ、会社としてはな。いろいろ世話になってるよ」
松本はぎこちない笑みを浮かべてそのを濁そうとした。だが、エリはその逃げを許さなかった。
「ふーん。だったらさ、幹事なんだから、私の席、もうちょっといい所にしてくれてもよくない? 台のなのは当然として、番真んのテーブルにしてほしかったなー」
「いや……席順は、ハガキの返信順と全体のバランスで、もう名札も並べちゃったし決まってんだよ」
松本の声が、段とく、さくなる。だがエリは、名刺入れを持ったで松本の胸元を軽く突いた。
「決まってたって関係ないじゃん。パパに言っとくからさ」
何を、誰に言っておくというのか。
松本は顔を引きつらせ、苦笑いを浮かべたまま、それ以は何の言葉も返せなかった。返せなかったのだ。
勤め先の企業の命綱であるメインバンクの、現役取の娘に対して、同窓会の席とはいえ真っ向から言い返せるサラリーマンなど、この方都にどれほどするだろうか。松本の沈黙は、族と活を背負う勤めとして、あまりにもリアルで、それゆえに痛々しかった。
エリは、自分が相に沈黙をいている優越を、底楽しんでいるように見えた。相のを理解したで、その急所を踏みにじることができる――それが、この女のにつけてきたき方そのものだった。
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俺は、元のグラスの縁を静かに見つめていた。
同じ円卓にいた男たちは、っていくエリの赤いろ姿を見送りながら、「いいよなあ、取の娘は」「無敵だな」と羨望混じりに笑いっていた。
誰も止めない。止める理由を、ここにいる誰も持ちわせていなかった。
この会ので、エリがにしたつの言葉の本当のさを測ることができたのは、おそらく俺と、そして苦い顔でち尽くす松本だけだった。
取引先の借入の事実を、部者ので暴する。
利の優遇を、取の裁量という私な便宜として約束する。
そして、企業の融資関係を質に取り、個の席順というくだらない求を押し通そうとする。
つとも、性質の異なるな背信為だった。員であれば、万がにもが裂けても言ってはならないコンプライアンス違反の塊だ。
取の娘だからという以に、員本がそれをにしているという事実。
俺の胸を満たしたのは、りやよりも先に、底れない「え」だった。
――このは、組織として本当に丈夫なのか?
の経営者として、俺はその徹な疑を抱かずにはいられなかった。
そして、そのえ切った考の底から、別の記憶がゆっくりと泡ってきた。
父がくなったのは、俺が学ののことだった。
の、受験を目に控えた凍えるような朝だった。
父は、この町でさな個運送業を営んでいた。所する両は、古のトントラックが台きり。朝から晩まで油とにまみれてハンドルを握り続けていた父は、突然の全であっけなく逝ってしまった。
残されたのは、わずかな預と、トラックの購入資として残っていた額の借、そして型落ちの古いトラック台だけだった。
トラックは、借を返済するために即座に束文で売却された。幼い頃、父の膝のに乗せられてきなハンドルを握らせてもらった、あのエンジンの振と油の匂いだけが、俺の記憶の底に遺品として残った。
母は、所の縫製のパートにた。夜になれば、え切った居で内職の造を夜まで作り続けた。それでも、父の残した借の利息と々の活費で、計は常にのだった。
に度、学で配られる費の集袋。俺は期通りに提できた試しがなく、毎のように期限が過ぎてから、職員の担任の机へ遅れて持ってった。
担任の教師は、袋を受け取るとき、何も言わなかった。
だが、その「何も言わない顔」――腫れ物に触るような、れみと諦めの混ざった沈黙が、なのプライドを番く抉った。
に学すると、俺は放課すぐに駅のさな弁当で厨の仕込みのバイトに入った。