"末席の男が放った三百億の通告" 第4話
「えっ……あの弘が、経営?」
エリが吹きすように笑った。その笑いにつられるように、彼女の背に集まってきた岡崎や取り巻きの女たちが、クスクスと忍び笑いを漏らす。
「社員、何いんの? くらい?」
エリはをき、細い本の指を俺の目のでひけらかすように広げて見せた。周囲の笑い声が回りきくなる。
「……もうしいるよ」
俺がく答えると、エリは元を歪め、げさに眉をの字に曲げてみせた。
「へえー、もうしねえ」
語尾を自然に伸ばしたその声には、相の言葉を片たりとも信じていない響きが骨に含まれていた。信じていないことを、あえて相に悟らせようとする残酷な響きだった。
エリは、会社の名を尋ねてこなかった。もし聞かれれば、「さな持株会社だよ。言っても分からないとう」と当たり障りのない答えを用していたのだが、その必すらなかった。彼女の関は、俺の会社の真実などではなく、「代に貧乏だった男が、今もしたことのない活を送っている」という構図を確認することだけに注がれていたからだ。
「まあ、頑張りなよ。じゃあ私、忙しいからでね。もしうちのパパに用があったら、慮なく言っていいからさ!」
そう言い残すと、エリは赤いスカートを翻し、再び名刺を掲げて次の獲物を探すように座の卓へと戻っていった。
広告
俺はさく息を吸い込み、自分の席を探すために宴会の奥へとをめた。
指定された円卓は、台から最もくれた、宴会の番ろの隅だった。席の配置は、返信ハガキの職業欄を見て松本が決めたのだという。
医師、弁護士、公務員の級職、そして取の娘であるエリの卓は、華やかな台の真正面。それに対して、得体のれない「会社経営」や業、現作業のは、番ろの暗い卓。松本ののにあった「世の序列」が、の教の目に見えないヒエラルキーをそのまま再現していた。
だが、俺は松本をむ気にはなれなかった。松本に悪気はない。世般の職業欄というものが、の無識にそうした酷な線引きをいるのだ。
俺がエリの無礼な物言いにそので言い返さなかった理由は、つあった。
つは単純な話だ。俺は肩きつ、につけている枚での態度がのひらを返したように変わる瞬を、代のな期から嫌というほど見せつけられてきた。
父が病で倒れ、この世をってからの数。このさな町で、母がのパートにて、夜なべの内職をし、俺が夜の物流倉庫で荷物を運び、それでもどうしても費の支払いが末ににわなかったとき。学の職員で、担任や周囲のがどのような蔑みとれみの入り混じった目を向けたか。
あのたい差しを肌に刻みつけて育ったは、になってから会社の資本や売を誇示し、相の顔が青ざめるのを見たところで、そこに何のびも見すことはできない。このくだらない同窓会の会で、虚勢を張って証したいことなど、俺には何つなかった。
そして、言い返さなかったもうつの理由は――エリの父親である、久隆史という男に関わることだった。だが、それはまだ胸の奥にしまっておくべきことだった。
番奥の円卓にたどり着き、指定されたパイプ子を引いたとき、円卓の向かい側の席に座っていた物と線がぶつかった。
な紺のワンピース。化粧の気配をほとんどじさせない、透き通るようない肌。元を隠すように肩でまっすぐに切り揃えられた黒髪。
その女性は、俺の姿を認めるなり、胸のでさくを振った。
もの、たりとも忘れたことのない顔だった。
田貞子。
貞子は、周囲の喧騒に気兼ねするように唇だけをかし、「で」と声をさずに伝えてきた。俺はさく頷き返し、運ばれてきたウーロン茶のグラスに指を添えた。
そのとき、台のでキーンというハウリングの音とともにマイクが息を吸い込む音がした。段にがった松本が、緊張でし張った面持ちで会の挨拶を始めた。