みかん小説
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"彼女は毎日母を世話し、毎週夫と夜を過ごす" 第13話

夜に徘徊し、警察に保護されたこともあった。

費用の負担はねがり、私の取り与の半分以が介護サービス費へと消えていった。 休はあっというに底をつき、眠で職のトイレでったまま気を失いそうになるもあった。

けれど。

誰かの嫌を伺う必は、もうどこにもなかった。 夫のたい線に怯えることも、倫相のの匂いに吐き気を催すこともない。

自分の母を、自分の責任で、正当な契約と制度の力を使って守っている。 その確かな実が、私のすり減ったを、底のところで支えていた。

弁護士を通じて、健司との婚は正式に成した。 財産分与と慰謝料、そして奈緒さんのアパートに流れていた婚姻費用の返還として、健司の与は毎確実に差し押さえられている。 彼が今どこで、どんな顔をして暮らしているのか、私にはもうる由もないし、興すらなかった。

季節が巡り、たいのが、柔らかなの匂いへと変わり始めたの初め。

社内異の辞令がりた。

関支社での、型商業施設発プロジェクトの統括補佐。 かつて私が諦め、自ら放した、あのキャリアの扉が、再び私の目のにかれたのだ。

に回の、阪への泊まりがけの張が必須となるポジションだった。

司は気遣わしげに言った。

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「さん、庭の事もあるだろう。無理にとは言わないよ」

私は、迷わなかった。

「引き受けさせてください」

ケアマネジャーに連絡し、張の程にわせてショートステイと訪問護のスケジュールを完璧に組んだ。 母の主治医にも相談し、緊急の連絡体制をえた。 誰かの善や良に賭けるのではない。 契約と、制度と、プロフェッショナルたちの連携のに、私の活と母の命を乗せる。

張当の朝。

午半。 スーツにを包み、トランクケースを玄関に置いた。

チャイムが鳴り、契約している事業所の訪問護師さんが、るい笑顔で入ってきた。

「さん、おはようございます。準備はバッチリですよ。お母様、今朝はおも平で、朝ごはんもしっかり召しがりました」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

リビングへ戻ると、子に座った母が、窓のの陽射しをぼんやりと見つめていた。

「お母さん」

私が声をかけると、母はゆっくりと首を巡らせた。 焦点の定まらない、霞んだ瞳。

「……だれ、だっけ……?」

私の顔を見ても、もう私の名がてこないが増えていた。 寂しさが胸をかすめる。けれど、それはもう、私を絶望させる痛みではなかった。

「美咲よ。仕事にってくるね」

私がコートを羽織り、背を向けようとしたそのだった。

カサリ、と乾いた音がした。

母の痩せ細った、たいが。 私のスーツの袖を、々しく、けれど確かに掴んでいた。

「……おかあさん?」

母は眉を寄せ、困ったような、泣きそうな顔で私を見げていた。 喉の奥から、掠れた、幼子のような声が漏れる。

「……いかないで」

臓が、トクンとねた。

半の記憶が、瞬で脳裏をよぎる。 あの夜。幹線の始発を待つホームで、自分を責め苛んで泣きじゃくっていた、あの暗。

母の指先が、私の袖をぎゅっと握りしめている。 かないで。 ここにいて。 私をにしないで。

が、に縫い付けられたようにかなくなる。 このを振り払ってはいけないんじゃないか。 私はまた、母親を捨てて自分の仕事を選ぼうとしているんじゃないか。 かつて健司が植え付けた呪いが、の奥で微かに囁く。

私は、ゆっくりと息を吐きした。 そして、母のに片膝をついた。

母の握るのに、自分の温かいをねる。

「お母さん」

母の瞳を、まっすぐに見つめた。

「夕方には、いつものデイサービスのが迎えに来てくれるわ。夜は優しい護師さんが泊まってくれる。……丈夫よ。誰も、お母さんをにしないから」

母のの力を、本ずつ、優しく解いていく。

「私ね、仕事にってくる。ちゃんとやり遂げて、の夜には帰ってくるから」

母のを両で包み込み、そっと膝のに戻した。

母はまだ何か言いたそうに唇を震わせていたが、やがて線を落とし、さく息を漏らした。

護師さんが、母の肩に優しくを添えて微笑みかけてくれる。

「さん、ってらっしゃい。お母様は私たちにお任せください」

「はい。……ってきます」

ちがり、度も振り返らずに玄関へ向かった。

トランクケースをに取り、ドアノブを回す。 カチャリ、とい属音がして、の空気が流れ込んできた。

澄み切った、青い朝の。 肌を撫でるはまだしたいけれど、その奥に確かなの気配が混ざっていた。

私は、玄関の鍵をしっかりと閉めた。

完璧な活なんて、どこにもない。 介護の苦しみが、これで完全に消えったわけでもない。 母の病状はこれからもむだろうし、私のにはまだまだ解決できない現実が積みだ。

けれど。

私はもう、誰かのや、誰かの罪悪に縋ってきてはいない。 自分のでを踏みしめ、自分の選んだをんでいる。

カツン、とヒールの音を響かせて、駅へ向かう坂を歩きす。

空はどこまでもく、どこまでも澄み渡っていた。 私の本当のが、いま、ここから始まっていく。

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