"午前二時、ホテルから部屋を替われと言われた" 第17話
男の態度はあまりにも自然で、あまりにも堂々としていた。通りがかりの社の社員たちが、何事かと議そうに線を向けながらに通り過ぎていく。この男は、その周囲の線すら方につける計算をしているのだ。自分はあくまで「礼節を尽くして訪ねてきた親族」であり、それを拒絶する私の方が過剰でヒステリックなのだと、無言のうちに印象づけようとしている。
私はゲートの黄いラインのでを止め、ややかに男を見据えた。
「藤原さん」
男の元が、わずかに緩んだ。
「名を覚えていてくださって栄です。ええ、藤原です。……しだけ、そこのロビーのソファでお話しできませんか。ち話も何ですし、お仕事のお邪魔はしたくありませんから、ほんの分でいいんです」
「結構です」
私は遮った。声を張りげるのではなく、静かに、しかしロビー全体に響く確な声で告げた。
「あなたと個別に話すことは何もありません。ここは会社の敷内です。部者であるあなたのち入りはお断りします。その袋も受け取りません。今すぐお引き取りください」
男の表は、微だにしなかった。るでもなく、焦るでもなく、まるで愚図る徒を辛抱く見守る教師のような、底れない笑みをたたえたままだった。
「理さん。そんなに頑なにならなくてもいいでしょう。
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……昨夜のホテルのことは、本当に誤解なんです。私はただ、あなたが阪に来ているとって、真のことを相談したくてち寄っただけなんですよ。ホテルの従業員が慣れていなくて、鍵を渡してしまうような違いを起こした。私は部に入って、あなたが寝ておられるのを見て、邪を引いてはいけないとって、洗面台の鏡をケースにしまって、そのまま何も触らずにてきた。それだけのことです」
私の胃の底が、ぎゅっと締め付けられた。
本が、自分ので認めたのだ。
昨夜、私が無防備に寝息をてていた〇号のベッドの脇にち、私の顔を見ろし、私の鏡をに取ったことを、何のろめたさもなく、あたかも「親切な配慮」であったかのように語っている。
「……私の鏡を触ったんですね」
「ええ」藤原は柔らかく頷いた。「コンタクトをしたの鏡は、裸で置いておくと埃がつきますからね。真もよく洗面台に置き忘れる癖があって、私がいつもケースにしまってあげていたんです。あなたも同じ癖があるのだなと、し懐かしくなってしまいまして」
「気持ちが悪い」
私のから、無識にその言葉がこぼれ落ちていた。
藤原の眉が、ほんの数ミリだけいた。
「気持ちが悪い、ですって?」
「ええ、反吐がるほど気持ちが悪いです」
私は歩へた。ガラスの仕切りのわずかセンチまでみ、男のハーフリムの鏡の奥にある、のない瞳をまっすぐに見据えた。
「のホテルの部に夜に忍び込み、眠っているの顔を覗き込み、私物を勝に触る。それを『親切』だと本気でい込んでいるあなたの神経が、底恐ろしくて、気持ちが悪いと言っているんです」
ロビーの空気が、張り詰めた糸のように張りつめた。
通り抜けようとしていた社員の数が、ち止まってこちらを凝している。
藤原の顔から、あの温な微笑みが、まるで皮を剥ぐように滑り落ちていった。
残ったのは、何のも映しさない、剥きしの酷な能面だった。
「……宮本さん。言葉には気をつけた方がいい」
男の声のトーンが、半オクターブくなった。親密さは完全に消えり、受話器の奥で聞いたあのえ切った械のような響きが戻っていた。
「私はね、真を取り戻したいだけなんですよ。あの女は、私の庇護がなければきていけないなんです。それをあなたが、正義を気取って引っ掻き回し、隠した。……違うかね?」
「違います」
私は言った。
「真さんは、あなたから逃げたんです。あなたのその異常な監と支配に殺されそうになって、自分の志で、自分ので逃げたんです。私は背を押しただけです」
「彼女にそんな志があるはずがない!」
藤原の声が、初めて鋭く尖った。
ロビーの理に、その声が反響した。