"白紙の退職届を突きつけた夫が、3ヶ月後に「頼むから辞めないでくれ」と叫んだ日" 第16話
体は引き締まり、焼けした顔には、かつての尊な脂ぎった表は消えていた。
「由美さん、お茶、にうかしら」
義母が、静かに尋ねてきた。 以のような刺々しい嫌は、その声から完全に削ぎ落とされていた。 のを借り、自分のできる所を確保した老の、ある種の諦と自がそこにあった。
「ええ、とても美しいです」
私が答えると、義母はさく頷いた。 私たちを繋いでいた「嫁と姑」という歪んだ鎖は、すでに消えていた。 互いに侵の領域を守る、適度な距の。それが、今の私たちの関係だった。
談話の隅にあるミニキッチンで、お湯が沸く音がシュンシュンと鳴り始めた。 ポットの湯が切れたのだ。
その瞬だった。
夫がソファからを乗りし、無識に、あまりにも自然にをいた。
「由美、台所って湯をして――」
空気が、瞬で凍りついた。
義母のが止まり、理恵が徹な線を兄に向けた。
、骨の髄まで染み付いた、男の悪癖。 無識に、妻を「事の自処理」として呼びつけようとした、その言葉。
夫はハッと息を呑み、途で言葉を喉に詰まらせた。
顔が気に赤くなり、次に青ざめていく。 線を激しく泳がせ、私の顔を見つめた。
私はかなかった。 席をつことも、微笑んで取り繕うことも、りをわにすることもせず、ただ静かに、澄んだ瞳で夫を見つめ返した。
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数秒の、永のような静寂。
夫の喉仏が、きくした。 夫はく、く息を吸い込み、握りしめた拳をゆっくりと解いた。
そして。
誰に言われるでもなく、自分から子を引いてちがった。 ブレザーを脱ぎ、ワイシャツの袖を肘のまで、丁寧に度折り返す。
「……すまん。俺がくよ」
夫は背を向け、ミニキッチンへと歩いていった。 やかんをに取り、シンクの蛇をひねり、を注ぐ。 そのつきは、器用ながらも、毎の自炊でにつけた慣れた所作だった。
理恵がフッと、かすかに元を緩めて茶をに運んだ。 義母も何も言わず、窓のの桜へと線を戻した。
私は、キッチンので湯が沸くのをで待っている、夫の背を静かに見つめていた。
し丸くなった肩。 作業着の擦れで焼けした首筋。
笑いも、涙も、湧きがってはこなかった。
は、そう簡単には変わらない。 の習慣は、ふとした拍子に、こうして何度でもをもたげてくる。 先の反省など、何のも持たない。
だが。
その過ちに自分で気づき、自分で踏みとどまり、自分のをかして始末をつけられるかどうか。 き直すということは、その臭い修正を、ぬまでで繰り返していくことなのだ。
今、こので婚届をすことはしない。 かといって、あのに戻って元の夫婦に戻ることも、絶対にない。
半の更。またその半の更。 彼が自分のでち続けられるのか、それとも再び誰かのを引っ張ろうとするのか。 私は私の活を守りながら、ただ対等な所から、見極め続ければいい。
もう度と、誰かのために自分のを差しすことはないのだから。
窓から差し込むのが、テーブルのの私の元を柔らかく照らしていた。
薬指には、もう何もから、指輪は嵌まっていない。 すっきりと素肌を晒したその指先は、誰にも縛られず、ただ軽やかに、を向いていた。