"娘を押し付けた夫、九年目の誤算" 第14話
莉子に対して「おかえり」の言すら、にすることはなかった。
莉子はたいランドセルをにろし、台所につ私のすぐ隣へと歩み寄ってきた。
「お母さん」
流しのステンレスの縁にさな指をかけ、莉子は私を真っ直ぐに見げてきた。
「なあに?」
「……私、いない方がいいの?」
その声は、震えるほどさかった。
誰かを責めるような響きも、泣き叫ぶような調子もなかった。ただ、廊でにしてしまった義母の残酷な言葉を、そのまま自分自のに当てはめてしまった、静かでい諦めの声だった。
私は作業していたを布巾で拭き、莉子のさな両肩をしっかりと包み込んだ。
「そんなこと絶対にないわ。あなたがいない方がいいなんてこと、この世に絶対にない。お母さんは、度だってそんなことったことはないわ」
莉子は私の瞳を見つめたまま、問いをねてきた。
「……おばあちゃんは?」
「おばあちゃんはね、莉子の本当の良さを、まだよくらないだけなのよ」
「……お父さんは?」
その問いかけに対し、私はほんの秒だけ、言葉を詰まらせてしまった。
莉子は、そのわずか秒の沈黙を、痛いほど鋭く見つめていた。
「……お父さんはね、お仕事でとても疲れているのよ」
莉子はさく「うん」と頷き、洗面所へと歩いてった。
蛇から流れるの音を聞きながら、私は激しい自己嫌悪に苛まれていた。
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疲れている。
莉子はその言い訳を、これまでに私のから何百回と聞かされてきた。
お父さんは疲れているから、話しかけてこない。疲れているから、運会に来てくれない。疲れているから、私が描いた族の絵を見てくれない。
夫が自分から言うべき弁を、夫の代わりにずっと子供に聞かせ続けてきたのは、ならぬ私自だったのだ。夫は自分からは度たりとも、莉子に対して「疲れている」とすら釈したことはなかった。
あの、莉子に見せてしまった「秒の沈黙」の痛みを、私は夜までずっと引きずり続けた。
過ぎ、夫が帰宅した。
義母が昼に乗り込んできたことについて、私からは何も言わなかった。すると夫の方から、着を脱ぎながらをいた。
「母さん、昼に来ただろ」
「ええ」
夫は卓の箸をに取りながら、平然と言い放った。
「母さんの言うことにも理あるんだよ。おがで余計なことを抱え込むから、こののがうまく回らなくなるんだ」
私は台所にったまま、夫の背をややかに見つめた。
義母が吐き捨てた言葉と、夫がにした言葉。
「よその子」「負担」「あんたの側」「で抱え込む」。
は別の所で、まるで示しわせたかのように寸分違わぬ同じ単語をにしていた。
義母は夫からの話によって操られ、夫は義母の言葉を盾にして私を追い詰める。
この親子は、まったく同じ台本を読んでいるのだ。
その台本を誰がいたのか、このの私にはまだ完全には見抜けていなかった。
ただつ、に固く誓ったことがあった。
莉子に「私、いない方がいいの?」などという言葉を、このので度と言わせてはならない。それだけは、何があっても守り通さなければならない。
具体に何をどう終わらせるべきか、誰に対してどの順番で真実を突きつけるべきか、まだ何つ筋は見えていなかった。
ただ、翌の夕方にと会う約束だけが、私の帳に記されていた。
翌、、曜。
のパート勤務を終えた私は、自転を漕いで駅の雑居ビルへと向かった。
そのの曜の朝、職の休憩で、私はを決して杉本さんに相談していたのだ。杉本さんはそので携帯話を取りし、曜の半に面談の予約を取り付けてくれていた。
「向井先はね、女性の話を途で遮らずに、最まで全部聞いてくれるだから」
杉本さんはそう言って、フライヤーのに戻っていった。
駅の古い雑居ビルの階に、向井法律事務所はあった。
ドアをけると、内には製の事務机がつと、井まで届く分い法律の並んだ本棚があるだけの、質素で静かな空だった。
迎えてくれた向井弁護士は、代半ばとおぼしき女性で、くえられた髪にいものが品よく混じっていた。