"娘を押し付けた夫、九年目の誤算" 第5話
「いくらすんだよ」
「万千円くらい」
「そんな、あるわけないだろ。母さんに頼め」
夫はそう吐き捨てながら、何気なく首を回した。
その首に巻かれていた腕計が、真しいものに変わっていた。黒い文字盤に、のなベゼル。私のまったくらない計だった。体いつからにつけていたのか、私には見当もつかなかった。
「母さん、頼める?」
が申し訳なさそうに私を見つめてきた。
「いいわよ。今度の曜に、緒に買いにきましょう」
私は笑顔で答えた。
自分のパート代の残をので素く計算する。莉子の費と唱団の謝を差し引けば、元に残る現はほんのわずかだった。それでも、に「そんなはない」と父親から拒絶される惨めさをわわせるくらいなら、私がを削って面する方がずっとましだった。
翌の曜の夕方、定例の巡回のように義母がやってきた。
「莉子ちゃんの唱団って、毎いくらかかってるの?」
がり框で靴を脱ぎながら、義母はいきなりそう切り込んできた。
「謝は千円です」
「贅沢ねえ。秀が懸命働いたおで、そんな余計な習い事なんてさせることないじゃないの」
私は台所から義母の正面へと向き直り、はっきりと言った。
「夫のおからは円もしていません。
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私のパート代から全額しています」
義母は持ってきた総菜のビニール袋を蔵庫に押し込みながら、こちらを振り返りもしなかった。
「あんたがパートにられるのも、秀がこのを守って働いてくれてるからでしょ! あんただけの稼ぎじゃ、あの子だって満に育てられやしないのよ」
喉元までかかった反論の言葉があった。だが、私は奥歯を噛み締めてそれをみ込んだ。
義母はからずっと、「莉子にかかるは秀のであってはならない」という態度を頑なに崩さない。
莉子の費も、学の履き代も、唱団の交通費も、すべて私がパート代から支払っている。その同じ事実に対して、義母は「嫁がすのが当たり」と言い放ち、夫は「ゆきが好きで勝にやっていること」と逃げる。
はそれぞれ別の都のいい言い訳を使いながら、同じつの結論へと逃げ込んでいた。そして、その勝な理屈の狭で傷つき、さくを縮めるのは、いつも莉子だった。
ここで私が用に言い返せば、義母は必ず莉子に対する呼び方を、「あの子」から、もっと別の残酷な言葉へと変えてしまう。私が、必のいでこののからないように防いできた、あの決定な言葉に。
そのの夜、夫は珍しくといういに帰宅した。
義母は持参した里芋の煮物の鍋を、卓に座った夫の目のにだけコトりと置いた。
「秀、なんだかし痩せたんじゃない? やっぱり、嫁の作るご飯のがすぎるのよ」
義母はそう言って、私を当てつけがましく睨みつけた。
「付けを濃くすると、血圧や健康に差し障りますから」
「言い訳ばっかり!」
夫は義母の言葉を聞き流しながら、鍋から里芋を箸でつつまみ、テレビの画面を見つめたままに放り込んだ。
居の隅にいた莉子が、おずおずと卓へづいてきた。
「おばあちゃん……私もそのお芋、つべていい?」
義母は眉を吊りげ、ぴしゃりと言い放った。
「あんたには、の分があるでしょ」
の分。それは、私が作った肉じゃがのことだった。
莉子は「……はい」とさく答えて、自分の席へと戻り、しく自分の茶碗に向き直った。
私はそのさな横顔を見つめながら、胸が張り裂けそうになるのを覚えた。この子は、の顔を伺い、聞き分けよく振るうことばかりがになってしまっている。それは私が教えたことでは決してない。このえ切ったという環境が、き延びる術としてこの子にしてきたことだった。
蔵庫の扉には、莉子が学の図の授業で描いた族の絵が貼ってあった。
がを繋いで並んでおり、番端に描かれたひときわ背のい物が夫だった。
夫はその絵のを毎朝必ず通り抜けていくが、度でもち止まってその絵を眺めたことがあるのかどうか、私には分からなかった。