"娘を押し付けた夫、九年目の誤算" 第2話
莉子は平は学のだが、唱団の練習がある曜だけは、おにぎりをつ余分に握って持たせる。
洗濯はに回回すのが課で、キロの米袋はわずかで底をつく。そうした庭を維持するための細かな数字を記憶しているのは、このので私だけだった。
夫の秀は過ぎにのそのそと起きてきて、卓の聞をバサリと広げ、私がした噌汁の椀を持ちげる。
「今は遅くなる」
毎朝それだけを言い残し、洗面台にび散った滴を拭うこともなく玄関からていく。
「俺は分稼いでるんだ」
それが、事あるごとに夫がにする癖だった。
夫が毎計に入れてくれる活費は、きっかり万円だった。その万円で、育ち盛りの子供を含む分の費、毎の費、用品代、さらには将来のための学費の積みてまでをやりくりしなければならない。当然、それだけでりるはずもなかった。
赤字になる部分、そして何より莉子にかかる費用のすべては、私が油まみれになって稼いでくる万円ほどのパート代から面していた。学の費も、ノートや鉛代も、毎唱団に納める謝千円も、すべて私の座から引き落とされていた。
この、たりとも途切れることなく、ずっとそうしてきたのだ。
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私は結婚した当初から計簿をつけていたが、莉子の支に関する欄だけは、最初から独した別のページを作って管理していた。誰かに見せてアピールするためではない。ただ、自分がこの子に対して何をしてきたのか、どんないで育ててきたのかを、自分自が見失わないようにするための記録だった。
莉子の分をの族と確に分けて管理せざるを得なかったのには、くい理由があった。
莉子は、歳の初に突然このへとやってきた子供だった。
当、義母や幼かった息子たちに対して、秀はこう説した。
「ゆきのい親戚に込み入った事があって、親が育てられなくなった。だから、うちで引き取って養子にするんだ」
その以来、このでは「莉子はゆきの側の親戚から引き取った子」ということになっていた。私はその嘘の説を、今に至るまでただの度も訂正したことはなかった。
引き取られた当初、歳だった莉子は、私のことを「ママ」とも「お母さん」とも呼ばなかった。呼び名を持たないまま、ただそうに私のエプロンの裾を指先で握りしめて歩いていた。
あの子が初めて私を「お母さん」と呼んだのは、がちらつくの朝、このに来て半が過ぎた頃だった。
通わせていた保育園の玄関で、靴を履いたさな莉子が、私の顔をじっと見げながら、おずおずとさな声で言ったのだ。
「お母さん、カバン」
私は胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを覚えながら、さな通園カバンを莉子のさな肩に掛けてやった。たったそれだけの、ほんの数秒の来事を、私は片も忘れたことはなかった。
「莉子ちゃんのその、またの運会と同じじゃないの? みっともないわねえ」
ある曜の午、玄関の引き戸を荒々しくけて居に入ってくるなり、義母の節子が骨に嫌そうな顔をして言い放った。
私は台所で野菜を刻むを止めず、背を向けたまま静かに答えた。
「まだ丈もっていますし、綺麗に着られますから」
義母はスーパーの買い物袋を卓のにドサリと置きながら、私の背に向けてえ切った言葉を投げつけた。
「あんたの親戚の子なんだから、あんたが自分で何とかしなさいよ。秀の料をあてにして、秀にさせるんじゃないわよ」
義母は、と公平のことは常に「」「公平」と呼び捨てるのに、莉子のことだけは頑なに「莉子ちゃん」と呼び続けていた。
買ってきた産の級な焼き菓子も、卓に置かれるのは決まってつだけ。莉子の分は最初から用されていない。そうした数え切れないほどの骨な差別や線引きが、というい歳ので度として変わることはなかった。