"廃業寸前の豆腐屋に来た東大院卒の母親" 第10話
止まっていたとしい族の形
しいおから惣菜と焼き菓子をに並べるに、美咲はつ提案をした。
「もう度、皆さんにべてもらいましょう」
「また試か」
「はい。最初に私たちが成功した方法です」
週末。
俺たちは、先にさな試台をした。
に切ったこだわりの綿豆腐。
特製の豆腐ハンバーグ。
鮮やかなおからのサラダ。
そして、自信作のおからクッキー。
最初にを止めたのは、以、綿豆腐を試して買ってくれた、あの配の女性だった。
「あら、今度は何を始めたの?」
女性が興そうに覗き込む。
「べてみてください。しい自信作です」
美咲が笑顔で勧める。
女性は、おからクッキーをかじった。
途端に、女性の顔が変わった。
「これ……本当におからなの?」
「はい。うちでたおからをたっぷり使っています」
「言われなきゃわからないわ。すごく美しい」
女性のその声を聞いて、しずつが集まり始めた。
子供を連れた若い母親、散歩の配の夫婦、仕事帰りの若い女性客。
そして、試をした客のが、槽のの豆腐を指差して言った。
「ここのお豆腐、普段スーパーで買ってるのと全然が違いますね。豆のが濃くて」
俺は、わずの奥を見た。
そこには、スケッチブックに絵を描いている向がいた。
あのと、同じだった。
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「いつものお豆腐と違う」
「が違う。でも、美しい」
最初にこの豆腐の真の価値を教えてくれたのは、歳のさな子供だった。
美咲が、俺の横にった。
「やっぱり、が悪かったんじゃないんです」
美咲は、誇らしげに客の波を見た。
「ってもらえていなかっただけです」
美しい豆腐をべてもらう。
違いをってもらう。
その豆腐から、惣菜を作る。
そして、今まで捨てていたおからまで、しい商品に変える。
で仕込んだ豆を、できる限り無駄にしない。
それが、この神豆腐のしい形になった。
噂を聞きつけ、以断られたからも、もう度取引を再したいと連絡が来た。
作りの惣菜やクッキーを置きたいという、元の自然品も現れた。
だが、美咲は量産や規模拡の話には、決してびつかなかった。
「無理なく作れる量だけにしましょう」
美咲がきっぱりと断るのを見て、俺はだった。
「もっと売りたいんじゃないのか?利益をすチャンスだぞ」
俺が聞くと、美咲は首を横に振った。
「売るために、修さんの豆腐のや作り方を変えてしまったら、がありません」
美咲は、俺の目を真っ直ぐに見た。
俺は、わず笑ってしまった。
「やっとわかってきたじゃねえか。豆腐の気が」
「最初から言ってます。この豆腐のは変えないって」
「そうだったか?」
「そうです」
の笑い声が、内に響いた。
それから、数ヶのが流れた。
のには、朝から客が並ぶようになった。
廃業を真剣に考えていた頃には、像もつかなかった景だった。
俺の豆腐は、以と全く同じ作り方だ。
豆の質も、も、俺のこだわりも、何つ捨てていない。
変わったのは、それを客に「届ける方法」だった。
そして、俺が価値がないとって捨てていたものに、美咲がしい価値を見つけてくれた。
考えてみれば、俺自も同じだったのかもしれない。
妻と娘を失い、もうできていくしかない。
そうって、を閉ざしていた俺を、あの母娘が拾いげてくれたのだ。
閉。
レジを締め終えた美咲が、売帳を閉じた。
「今も、丈夫です。黒字です」
美咲が、堵の表を浮かべる。
「そうか」
俺が素っ気なく答えると、美咲は頬を膨らませた。
「もうしんだらどうです?」
「毎毎、いちいち騒ぎしてられるか。昔からこのはこうだったんだよ」
俺が見栄を張ると、美咲はクスクスと笑った。
「半は、を畳もうとしてたくせに」
「……昔の話だ」
俺がバツの悪そうに顔を背けただった。
「修ちゃん、お腹空いたー!」
向が、奥の部からってきた。
「またかよ」
俺は、吹きして笑った。
あのも、この言葉だった。
「ママ、お腹空いた」
あの声がなければ、俺はを呼び止めなかったかもしれない。
全ての始まりだった。
夕飯をべた。
向が眠りについたのを確認してから、俺と美咲は、シャッターをろした先のベンチに腰掛けていた。
夜が、よく吹き抜けていく。
「修さん」
美咲が、静寂を破った。
「なんだ?」
「ずっと、聞けなかったことがあります」
美咲は、膝ので両を組んだ。
「私と向を初めて見た、由美さんと千ちゃんをいしたんですよね」
俺は、黙って夜空を見げた。
「ああ。否定するつもりはねえ」
「じゃあ、今も……私のに、由美さんの面を見ていますか?」
美咲の声は、微かに震えていた。
俺は、首を横に振った。
「違う」
俺は、美咲の目を真っ直ぐに見た。
「美咲は、由美じゃない」
初めて、きちんと言葉にして伝えることができた。
「向も、千じゃねえ」
美咲は、黙って俺の言葉を聞いていた。
「似てるとったから、助けた。それは本当だ」
俺は、自分ののひらを見つめた。
「でも、今おたちに、ここにいて欲しい理由は、それじゃねえ」
美咲の目に、涙が浮かぶのが見えた。
「俺は……こういう、気の利いたことが言えねえ」
俺は、をガシガシと掻いた。
「だから……ずっと、ここにいればいい」
美咲が、わず吹きした。
涙を拭いながら、クスクスと笑う。
「何笑ってんだよ」
「それ、プロポーズですか?」
美咲が、悪戯っぽく首を傾げる。
「にどう聞こえるんだ」
俺がムキになると、美咲はさらに笑った。
「み込みの従業員の、契約更かといました」
「帰れ」
「ここにんでます」
の笑い声が、夜の商に響き渡った。
その、階の窓がく音がした。
「向もいるよー!」
「聞いてたのかよ」
俺が呆れてを見げると、向が窓から顔をしてを振っていた。
「ずっといるー!」
その夜。
俺は久しぶりに、階の奥の部に入り、由美と千の写真のに座った。
「俺、もう回、族を持ってもいいかな?」
俺は、写真に向かって問いかけた。
答えはない。当たりだ。
それでも、写真ののは、昔と変わらず優しく笑っていた。
許してくれているような、背を押してくれているような、そんな気がした。
あのから、というが流れた。
神豆腐は、今も朝からき始める。
俺が槽ので豆腐を作り、美咲が横で惣菜の仕込みの準備をする。
美咲のエプロンのポケットに入っているあのノートは、今では商品の試作レシピノートになった。
先の片隅には、向が段ボールに描いた作りの板がてかけてある。
字は曲がっているし、豆腐なのかなのかわからない角い物体が描いてある。
だが、美咲がどうしても捨てようとしないので、俺ももう何も言わないことにした。
「パパ!」
階から、元気な声がってきた。
俺は、豆をかき混ぜるを止めた。
「朝からうるせえぞ、くりてこい」
向が、ドタバタと階段を駆けりてくる。
「パパ、お豆腐できた?」
「ああ、来てだ」
「見する!」
向が、スプーンを持って駆け寄ってくる。
「お、毎ってるだろうが」
「今のは、今のでしょ!」
向が胸を張る。
俺は、わず笑いした。
「誰にそんな屁理屈を教わった?」
俺が言うと、横で美咲も笑っていた。
俺と美咲は、ヶに籍を入れた。
派な結婚式は挙げなかった。
くの写真館で、で写真を枚撮っただけだ。
その写真は今、奥の部の、由美と千の写真の隣に飾ってある。
どちらも、俺の切な族だ。
しい族ができたからといって、失ったが消えるわけじゃない。
忘れる必もない。
俺はただ、く止まっていた俺のを、もう度かし始めただけだ。
ガラガラと、先の引き戸をける。
すでに、の客が待っていた。
「おはようございます。今も豆腐ある?」
「ああ、ちょうど来てですよ」
俺が答えるよりく、向が俺の横から顔をした。
「今のパパのお豆腐も、すっごく美しいよ!」
「おが言うな」
俺が向のを突く。
「だって、本当だもん!」
客が、釣られて笑う。
美咲も笑う。俺も笑った。
廃業寸だった、さな古い豆腐。
そこへ、歳の娘を連れたの女が、「働かせてください」とやってきた。
あの、俺はを助けたつもりだった。
でも、違った。
絶望のから救いされたのは、きっと俺の方だった。
「いらっしゃいませ!」
今もには、の元気な声が響いている。