"母の職場で死んでいた私" 第23話
京の郊、調布駅からバスで分ほどの所にある、築のさな賃貸アパートのに、私はいた。
畳ひとのワンルーム。 さなキッチンと、ユニットバスがついただけの、飾り気のない部。 方の実は、と建物を産業者に束文で買い取ってもらい、父の仏壇をさく仕て直して、母はこの部へ引っ越してきた。 私のむ杉並区のアパートからは、京王線で駅という距だった。
「美紀、見してみて」
台所から、エプロン姿の母が皿を持って歩いてきた。 皿のには、湯気をてる乱切りのレンコンと鶏肉が載っている。
「どう? しいかしら」
爪楊枝で刺してに運ぶ。 のに、し焦げた醤油のばしさと、汁の優しい甘みが広がった。
「ううん、ちょうどいい。ちょっと焦げてるけど」
「あら、ほんと。がかったかしらね」
母は苦笑いを浮かべ、台所へ戻っていった。
母は今、駅の総スーパーのにある惣菜売りで、週に、パートとして働いている。 試用のウインナーを焼いたり、パックに詰められた煮物を売りに並べたりする、千百円の仕事だ。 履歴には、の会社を『の都により退職』とだけいた。 あの町をれ、母の過をるが誰もいないこので、母はただの『のパートさん』として、からやり直していた。
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職の関係は、極めて希だという。 誰も母のの話などく聞いてこないし、母もまた、自分の族について語ることはない。 けれど、それが今の母にとっては、何よりもよい距らしかった。
ベランダのアルミサッシをけると、の柔らかいが、レースのカーテンをふわりと揺らした。 狭いベランダには、母がホームセンターで買ってきたさなパンジーの鉢植えが、黄とのを咲かせている。
居の壁には、古い写真てがつだけ飾られていた。 歳のの私の写真と、先、引っ越しの伝いが終わったに駅の蕎麦でで撮った、スマートフォンで印刷した粗いスナップ写真。 写真のの母は、目尻にい皺を刻みながら、ぎこちなく、けれど穏やかに笑っていた。
もう、隠す必はなかった。 私がきていることも、京で台の仕事にしがみついていることも、母がその母親であることも。
「はい、できたわよ」
母が、座卓のにきめの鉢を置いた。 し焦げ目のついた筑煮。 、私がをびすのの夜にも、卓に並んでいた母の得料理だった。
私たちは畳のに正座し、をわせた。
「いただきます」
「いただきます」
箸をかしながら、母がふといしたように顔をげた。
「そういえば美紀、次の台の仕込み、来週からだっけ?」
「うん。劇でやるミュージカル。今回は具のチーフ補佐だから、たぶん終逃して泊まり込みになるもあるとう」
「そう。……無理しちゃ駄目よ。体壊したら、元も子もないんだから」
ありふれた、どこの庭にでもあるような、母親の言。 の私なら、「うるさいな」と鬱陶しそうに舌打ちしていただろう言葉が、今は驚くほど自然に、胸の奥へと染み込んでいく。
「わかってるよ。お母さんこそ、ち仕事なんだから、の裏湿布貼りなよ」
「貼ってるわよ、毎。スーパーのって、コンクリートだから底えするのよね」
母はお茶をすすりながら、ふふっとさく笑った。
奇跡のような解も、すべてを洗い流すな団円も、私たちのには起きなかった。 母が過に犯した罪のさは消えないし、会社の々を裏切り、のを狂わせたという傷跡は、消えることはない。 私もまた、母を خمس 放置し、残酷に罰しようとした自らの傲さを、忘れずにきていくだろう。
私たちは、とも違えたのだ。 くて、卑怯で、愚かで、取り返しのつかない回りをしてしまった。
けれど。
「お母さん」
私が呼ぶと、母が茶碗を持ったまま顔をげた。
「何?」
その顔には、怯えも、取り繕ったれみもなかった。 ただ、を越えて、陽の当たる所に辿り着いた、ひとりののの顔だった。
「……なんでもない。おかわりある?」
「あるわよ。自分でよそいなさい」
母が笑った。 窓から差し込むのが、のを畳のに柔らかく伸ばしていた。
のい夜がけ、私たちはようやく、同じ空ので、互いの名を呼ぶことができるようになっていた。