"古希の夜、二人の嫁は手を引いた" 第16話
義母はその言葉を聞き、じっとフローリングのを見つめていた。 かつてのような切り声をげることも、ヒステリックに泣き叫ぶこともなかった。 産のカウンターで、義母は震えるで契約に署名し、実印を押した。
敷、礼、仲介数料、そしての購入費用。 総額で約万円にる初期費用は、夫と良太がそれぞれの個預から全額を折半して支払った。 私の財布からは、円たりともさせなかった。
の第曜。 照りつけるような猛暑の、引越しのを迎えた。
階のからは、分の活の残骸が次々と運びされていった。 古い装箪笥、義父の遺品だった将盤、義母が溜め込んでいた贈答品のタオルセット。
私は伝わなかった。 たい麦茶の入ったピッチャーとグラスを廊に置き、階の階段のから、黙々と作業する男たちの背を見ろしていた。
夫と良太は、汗だくになりながら段ボールをトラックへ積み込んでいた。 のに、会話はほとんどない。 良太は織との婚調が本格化しており、目のには濃い隈が張り付いていた。 母親を押し付けう共犯関係だった兄弟は、現実の痛みをにして、完全にを閉ざしていた。
午。 すべての荷物が運びされ、階の部はガランとした空洞になった。
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畳の焼けた匂いと、具の跡がく残る壁だけが、の歳を無言で物語っていた。
義母が、提げ袋をつ持って玄関に現れた。
靴を履き、ドアノブにをかけた義母が、ふとを止めた。 そして、ゆっくりと振り返り、がり框につ私を見げた。
その顔には、古希の席での尊さも、内での取り乱したさもなかった。 く刻まれた皺のに、諦めと、奇妙な清々しさが混ざりっていた。
「……千里さん」
「はい」
「……結局、ここは度も私のじゃなかったわね」
自嘲気に細められた瞳。 私はしだけ呼吸をえ、真っ直ぐに答えた。
「んでいたではありました」
義母がさく目を見張った。
「あなたがここで暮らし、娘をあやし、ご飯を作ってくれた々は、偽物ではありません。謝しています。……でも、暮らしていたことと、所することは別です」
義母はしばらく私の顔を見つめていたが、やがてフッと元を緩めた。
「……本当に、あなたには敵わないわね」
義母は々とをげた。
「お世話になりました」
くそれだけを言い残し、義母は玄関のドアをけてへた。 カンカン照りのアスファルトのを、曲がった背がトラックの助席へと向かっていく。 ドアが閉まり、トラックがゆっくりときすのを、私は見送った。
にわたる、すぎた居候の歴史が、完全に幕を閉じた瞬だった。
胸のすくような勝利などなかった。 ただ、肺の底に溜まっていたたい澱が、気に吐きされたようない静寂が広がっていた。
そのの夕方。 戻ってきた夫を、私はリビングのテーブルに座らせた。
夫のには、引越し作業で真っ黒になった軍が握られていた。
「俊。あなたの荷物も、まとめてちょうだい」
夫が弾かれたように顔をげた。
「……え?」
「別居するって、約束したはずよ」
「千里、待ってくれ! 母さんはちゃんとてっただろ!? 費用も全部俺がした! これからはで……」
「でやり直す準備が、あなたにはまだできていないのよ」
私は徹に類を差しした。 夫が通勤で使う沿線にある、ワンルームマンションの賃貸報だった。
「半、で暮らしなさい。自分の洗濯物を自分で洗い、自分の事を自分で作り、自分の稼ぎので活を回しなさい」
「千里……」
「あなたが、母親の暴を止められなかったのは、自分ので活を背負ったことがなかったからよ。私のに居候しながら、派な男の顔をして親戚にいい顔をしていた。その甘えを骨の髄まで削ぎ落としてこない限り、あなたをこののとして認めることはできません」
夫の目が、絶望に揺れた。 しかし、私の瞳に切の妥協がないことを悟ると、夫は力なく肩を落とした。
「……分かった」
夫の喉から、掠れた声が絞りされた。
「半……俺でやってみる。