"古希の夜、二人の嫁は手を引いた" 第15話
義母は窓をけ、じっとそのを見つめていた。 乾いたが、義母の乱れた髪を揺らす。
「綺麗になっちゃって……」
義母の唇が、さく震えた。
「お父さんとで、ローンを組んで建てただったのよ。庭にはツツジを植えて、良太がまれたには記を植えて……。あんなに必に守ってきたのに、ハンコつで、あっというにのものになったわ」
私は何も言わず、ただハンドルにを置いたまま、義母の横顔を見ていた。
「あのを失ってからね、千里さん」
義母は窓のから線を戻さず、独り言のように言葉を紡いだ。
「私、ずっと息をしていないような気がしていたのよ。あなたのに入った、綺麗で、広くて、本当に助かった。でもね、台所にっても、お呂に入っても、どこかのホテルに泊まっているような気がしてならなかった」
「……」
「親戚が遊びに来て『派なにめて幸せですね』って言うたびに、喉の奥が引き裂かれそうだったわ。ここは私のじゃない、息子の嫁のなんだって叫びたかった。でもそんなことを言えば、ただの惨めな居候だってバレてしまうでしょう?」
義母は顔を覆った。 皺の刻まれた指のから、い息が漏れる。
「だから……いつのにか、嘘をつくようになったのよ。『男が建ててくれただ』って。『黒田のだ』って。
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そう言っているうちに、本当に自分ののような気がしてきて……。俊も何も言わなかったから」
「夫が黙っていたのは、優しさではありません」
私は淡に、しかし確に遮った。
「あのはただ、自分が妻のに転がり込んだ甲斐性なしだと親戚にられるのが怖かっただけです。自分のさな見栄のために、私の権利をあなたに差しして見ないふりをした。それだけの男よ」
義母は息を呑み、さく肩を竦めた。
「良太にを譲ろうとしたのも、同じよ」
義母の目から、粒の涙が零れ落ちた。
「あのを良太に譲って、良太のと緒に暮らせば……今度こそ、本当に私の族のになるとったの。織さんに面倒を見てもらえば、私はぬまで惨めないをせずに済むって……。私はただ、見捨てられるのが怖かったのよ」
静まり返った内に、義母のすすり泣く声だけが響いた。
恐怖。孤独。老いへの焦燥。 それは嘘偽りのない、歳の老が抱えた本物のなのだろう。
けれど。
私はく息を吸い込み、助席の義母を真っ直ぐに見据えた。
「お義母さん」
義母が涙に濡れた顔をげた。
「あなたのその恐怖を、私は否定しません。を失ったことがどれほど辛かったかも、理解します」
「千里さん……」
「でもね」
私の声は、氷のように研ぎ澄まされていた。
「あなたが歳で老を恐れるように、私ももうすぐ歳になるんです。
私にも、守らなければならない自分のと老がある」
義母の瞳が、見かれた。
「私の善を踏み台にして、私のをにプレゼントして、私のの権利を奪うことでしかに入らないなら、そんなものはただの奪です。の尊厳を買い叩いてに入れた平穏に、何の価値があるんですか」
義母は言葉を失い、喉を鳴らして固まった。
「私は、困り果てたあなた方を善で助けました。それは本当です。でも、善は義務ではありません。恩義は、あなたに私のを支配させる権利を与える具ではないんです」
私はのキーを回し、エンジンをかけた。 い駆音が響く。
「帰りましょう。あなたが現実を受け入れるです」
義母はそれ以、言も発しなかった。 ただ、膝のの古びたバッグを握りしめ、ゆっくりと俯いてさく頷いただけだった。
翌週から、事態は涛の勢いでき始めた。
夫の俊が探してきた駅側の1Kアパート。 築、向き。 駅からもスーパーからも徒歩圏内で、くにはかかりつけにできる内科クリニックもある。
内見にち会った義母は、畳のにち尽くし、ぽつりと呟いた。
「……狭いわね」
隣にっていた夫が、義母の肩に静かにを置いた。
「狭くても、ここは母さんだけのだよ。誰の名義か怯える必も、誰かの顔を窺う必もない。
母さんので暮らせる、母さんのだ」