"古希の夜、二人の嫁は手を引いた" 第2話
度も妻の顔を見ようとしない。 助け舟をす気配すらない。
「そう、ですか」
織はく呟いた。 その瞳から、迷いや怯えのが完全に消えっていくのを、私は息を呑んで見つめていた。
織は静かにバッグのファスナーをけた。 取りしたのは、クリアファイルに挟まれた数枚の類。
「お義母さん。話の途で申し訳ありませんが、私からも皆様にご報告があります」
織は類を両で持ち、座敷の親族全員に見えるように掲げた。
「私、先週、庭裁判所に婚調の申してをいました」
広の空気が、音をてて凍りついた。
のの掛け軸ので、親戚の誰かが持っていた箸が、畳のにポトリと落ちた。 氷がグラスので溶けるチリンという音すら、痛いほどに突き刺さる。
義母の顔から、満面の笑みが剥がれ落ちた。
「……は? 調? あんた、今なんの話をしてるの」
「良太さんとの婚姻関係を清算するための続きです」
織の声は、恐ろしいほど平坦だった。 取り乱すこともなく、涙を流すこともない。 ただ事務な事実だけを、親族名の面へ淡々と並べていく。
「ですから、私がそのにむことはありません。仕事を辞めてお義母さんのの回りの世話をすることも、絶対にありません」
「な……っ!」
良太が弾かれたようにちがった。 顔を真っ赤にし、りと羞恥で引きつらせている。
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「お、親戚ので何言ってんだよ! こんな席で恥晒しやがって!」
「恥を晒しているのは、どっちですか」
織は夫の声を、ややかな線で刀両断にした。
「先、私に言の相談もなく『母さんと同居することが決まったから』とLINEしてきたのは誰ですか? 『おはにいるがいんだから、母さんの面倒を見るのは当たりだ』と言い放ったのは誰ですか?」
「それは……族のためをって!」
「私のを誰かの贄にする計画を、族のためとは呼びません」
義母の肩がりで激しくし始めた。 赤い羽織りの裾が刻みに揺れている。
「織さん! 今は私の古希の祝いの席よ! 男の嫁の千里さんだって黙って聞いてるのに、次男の嫁のあなたが、親戚のでこんな始末をしでかして許されるとってるの!?」
矛先が、私に向けられた。 義母はいつだってそうだ。 都が悪くなると男の嫁である私を引きいにし、従順な本として者を縛りつけようとする。
しかし、もう終わりだ。
夫の俊が「千里、やめろ」とすがるように私のスーツの袖を引っ張った。 私はそのを、何の躊躇もなく力任せに振り払った。
座布団からちがる。 広の全員の線が、斉に私へと突き刺さる。 叔父たちも、従兄弟たちも、息を呑んで成りきを見守っていた。
私は呼吸をつえ、義母を真っ直ぐに見据えた。
「お義母さん。織さんの話にを挟むに、私からも親族の皆様へ訂正させていただくことがあります」
私の声は、自分でも驚くほどく、静かだった。
「あなたが先ほど『良太さんに譲る』とおっしゃったあのですが、誰にも譲ることはできません」
義母が眉をねげた。
「……何よ、千里さんまで。あなたには俊がいるでしょう。次男夫婦にを譲ってやるくらいの度量はないの?」
「度量の問題ではありません。法律の問題です」
私は歩、へた。 テーブルののグラスを見ろしながら、広の隅々まで届く声で言い放った。
「あのも、あの建物も、すべて私が独代の資で購入した私の単独名義です。黒田の資産でもなければ、お義母さんの所物でもありません」
広が、先ほど以の静寂に呑まれた。
「登記簿謄本をご確認いただければ目瞭然です。お義母さんはにを失ってから、無償で使用貸借されているだけのです。誰にまわせるか、誰に譲るかを決める権限は、あなたにはミリもありません」
義母の顔から、さっと血の気が引いていった。 唇がわなわなと震え、言葉を探して泳いでいる。
「な……なによそれ……! 私はもあそこにんでるのよ!? あなたたちの子供の面倒も見て、を守ってきたのよ!?」
「ええ。娘の世話をしていただいたことには謝しています」
私は徹に言葉を継いだ。