"離婚半年後、元夫が15年前の弁当箱を抱えて訪ねてきた" 第19話
歳の元義母が、公の廊で、く腰を折ってをげていた。
かつてあれほど絶対な権力者として私に君臨し、実母の命の危すら嘲笑った女が、いま、自らの無力さに打ちひしがれて震えている。
胸の奥に、かつてなら湧きがったであろう激しいりも、復讐のも、議なほど湧いてこなかった。
ただ、ややかな、澄み切った現実だけが横たわっていた。
「田さん」
私は静かに言った。
子が、すがるような目で顔をげる。
「謝罪の言葉は、受け取ります」
子の顔に、瞬だけ堵のが差しかけた。
だが、私はその淡い期待を、容赦なく断ち切った。
「けれど、私はあなたを許しません」
「……え」
「あなたが反省したのは、私を傷つけたからではなく、自分が自由になったからでしょう? 美しいご飯を作ってくれて、文句も言わずに掃除をしてくれるがいなくなって、初めて困っただけです」
子の唇が、ヒクヒクと痙攣した。
「、私がどれだけを殺してあのに尽くしていたか。そのを、あなたのたった回の涙で帳消しにできるとわないでください」
私は子の差しすノートを受け取らなかった。
「そのノートは、持って帰ってください。ヘルパーさんに渡すなり、修さんに料理を教えるなり、好きに使えばいい」
「美紀さん、修も……あの子も毎、夜遅くまで働きながら私の世話をして、倒れそうになってるのよ……! しだけでいいから、あの子を助けてやってくれないかしら……!」
広告
最まで、息子のことだった。
のを踏み台にしてでも、自分の血縁を守ろうとする、浅ましい母性。
そのグロテスクな本質を見つめながら、私は徹に言い放った。
「それは、あなたと修さんが向きうべき、あなたたちのです。私には、ミリも関係がありません」
私は歩がり、調理の扉にをかけた。
「どうぞ、お事に。おで、しっかりきていってください」
ガラガラと、扉を閉めた。
ガラスの向こうで、子が力なく崩れ落ちそうになりながら、自分の杖を握りしめてち尽くしているのが見えた。
もう、振り返る必はなかった。
過の霊たちは、自分たちが蒔いた種から育った孤独という名の毒を、自分たちのでみ干すしかないのだ。
それが、世界がした、最も公平な清算だった。
がけ、初のがを吹き抜ける頃。
私と誠さんは、公証役のな革張りのソファに座っていた。
テーブルのには、通の類が置かれている。
『婚契約』
そこには、弁護士の助言のもと、私と誠さんが何度も話しって作りげた、極めて具体で現実な取り決めが記されていた。
、婚姻も、互いの既の個財産および預貯は完全に独して管理すること。
、佐藤美紀は現のアパートの賃貸借契約を維持し、個の活拠点および活空として保持すること。
、費および共の活諸経費は完全な折半とし、専用の共座から引き落とすこと。
、常の事については、料理・清掃・ゴミし等の担当を確に分担し、方への過度な依を禁ずること。
、将来にいずれかの介護が必となった、公介護保険サービスを最優先で利用し、配偶者への無償の介護労働の制をわないこと。
公証が淡々と文面を読みげ、私たちの顔を交互に見る。
「佐藤様、林様。双方、この内容に相違ございませんか」
「はい。相違ありません」
私は迷わずペンを取り、自分の名を署名した。
誠さんもまた、穏やかな、けれど力い跡で名をき入れた。
認印を押し、朱肉の赤い丸がのに鮮に浮かびがる。
ロマンチックなの言葉など、どこにもない。
けれど、この枚の法な契約こそが、私たちがお互いの尊厳を守り抜き、対等なとしてくしうための、最も固な誓約だった。
役をると、ビルのから差し込むの陽が、眩しいほどにかかった。
「これで、正式に夫婦だね」
誠さんが、契約の控えの入ったファイルを抱えながら、柔らかく笑った。
「ええ。でも、からも私は私のアパートで起きますし、教の仕込みもありますからね」