"離婚半年後、元夫が15年前の弁当箱を抱えて訪ねてきた" 第16話
駐輪の暗い灯のから、ぬっとが現れた。
息が止まりかけた。
反射にずさり、防犯ブザーのついたキーケースを握りしめる。
だが、から現れた男は、以のように掴みかかってくることも、声をげることもなかった。
修だった。
のに駅で泣き崩れてから、ぶりだった。
着ているスーツにはアイロンが当てられ、乱れていた髪もく切り揃えられている。
目のの隈は消えていなかったが、その瞳からは、かつての濁った執着と狂気が消え失せていた。
どこか、嵐が過ぎったの廃墟のような、静まり返った目をしていた。
「……警察を呼びますか」
修が、自嘲気に呟いた。
「用件は何ですか。に話してください」
私は歩もづかず、たい声で返した。
修はく礼し、それから脇に抱えていた茶封筒から、冊の古いノートを取りした。
表の角がボロボロに擦り切れ、背表のテープが茶く変した、B5サイズの学ノートだった。
「これ……実の押し入れの、おの荷物の段ボールからてきたんだ」
修の指先が、ノートの縁をおしそうになぞる。
「母さんの介護続きで実を片付けてたら、見つけてさ。……捨てるわけにはいかないとって、持ってきた」
修は歩にみると、それ以はづかず、ノートをエントランスの灯のにある平らなポストのに置いた。
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そして、すぐに歩ずさった。
私に警戒させないための、精杯の配慮だった。
「……見てくれ」
修の静かな声に促され、私は恐る恐るポストへづき、ノートをに取った。
いたページ目。
目にび込んできたのは、――歳だった私の、勢いのある、希望に満ち溢れた跡だった。
『佐藤美紀の、ちいさな庭料理教プラン』
臓が、激しく脈打った。
忘れていた。
結婚する直、調理師免許を取り、いつか自分の教を持ちたいと見て、夜遅くまで事業計画やメニューのアイデアをき殴っていた、あのノートだ。
結婚した瞬、修から『そんなくだらないことにとを使うな。俺の飯を作っていればいいんだ』と蹴され、押し入れの奥くに封印した、私のの残骸。
ページをめくると、きのイラストとともに、当の私の純粋な願いがびっしりとき込まれていた。
『料理は、誰かを支配するためのものじゃない。べたが、自分のでをきるための力になるもの』
涙が、界を滲ませた。
歳の私が、のを超えて、今の私にまっすぐ語りかけていた。
「俺、おのこのノートを笑ったんだよな」
修の、掠れた声が響いた。
「『誰でもできる事に、なんて払う奴がいるか』って、で笑ってゴミ箱に捨てようとした。おがあの、どれだけ悔しそうにノートを抱きしめてたか……俺、今頃になっていしたよ」
修はく、くをげた。
面に額が届きそうなほどの、沈黙の礼。
「、公民館のコンペだろう。商の掲示板で、おの名を見たよ」
「……」
「頑張れよ」
顔をげた修の瞳には、かつて見たことのない、本物の敬が宿っていた。
「おは昔から、すごかったんだ。俺が、おの才能に甘えて、おを殺しかけてただけだ。……もう度と、おのには現れない」
男はそれだけ言うと、踵を返した。
夜ののへ、背を丸めながら歩きっていく。
その取りはく、決して幸福な未来へ向かうものではなかった。
これから彼を待ち受けているのは、老いた母親の過酷な宅介護と、え切った職での孤独な労働だ。
失ったもののきさに、苛まれ続ける々の始まりだった。
けれど、その背に、もう私を引きずりろそうとする湿り気は微もなかった。
私はノートを胸にく抱きしめた。
夜のたいが吹き抜け、灯のいが私の元を照らしている。
歳の私が流した悔し涙が、の歳を経て、いま私のので、未来を切り拓くための最の武器へとまれ変わっていた。
朝の、澄み切ったたい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
元には、昨夜修から返された、あの歳の私がいた古い学ノートがある。