"娘が義母に叩かれた日、娘婿はケーキで済ませようとした" 第14話
直さんの妹から届いたメッセージによれば、典子さんは以のように親戚に毒を吐くこともなくなり、静かに老いを受け入れ始めているという。息子に捨てられるかもしれないという本物の恐怖をわって、ようやく自分のを引っ込めたのだ。
を引き払ってからヶが過ぎた頃、典子さんからゆり法律事務所気付で、美咲宛てに通のが届いた。
『私はあなたので、あなたを叩きました。その、あなたのお母様を侮辱しました。理由はありません。申し訳ありませんでした』
便箋に震える文字でかれていたのは、かつてのような自己弁護のない、ただの事実の認定と謝罪だった。
美咲はそのを読み終えると、静かに封筒に戻した。
「返事はかないの?」
私が尋ねると、美咲はさく首を横に振った。
「弁護士の先を通して、『受け取りました』とだけ伝えてもらったわ。許すことも、責めることもしない。ただ、終わったこととして受け取るだけ」
その横顔を見て、私は娘のさを頼もしくい、く息を吸い込んだ。
すべてが終わってから、が過ぎた。
の爽やかなれの、私は美咲のしい部を訪ねていた。勤務先の総病院から徒歩分の所にある、向きのさなマンション。派なタワーマンションでもなければ、資産価値のい豪邸でもない。
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だが、部をかな陽が満たし、ベランダには美咲が育て始めたさな観葉植物の鉢が並んでいた。
キッチンから、コトコトとよい音が響いてくる。
「お母さん、ご飯できたよ」
ダイニングテーブルには、炊きたてのいご飯と、焼き魚、鉢に盛られたおひたしが並んでいた。そして、湯気をてる根の噌汁。
「いただきます」
でをわせ、箸を取る。私は噌汁のお椀を持ちげ、啜った。
澄んだ汁のりと、根の自然な甘みが、じんわりと体に染み渡っていく。かつて典子さんが「がい」「直の好みじゃない」と突き返した、あの付けと寸分違わない、優しいだった。
美咲が、し悪戯っぽく笑いながら私を見た。
「お母さん、はどう?」
「とても美しいわよ」
「よかった」
美咲は嬉しそうに目を細め、自分のお椀にをつけた。誰かの顔を窺うこともなく、否定されることを恐れて肩をすくめることもない。ただ、自分の作ったものを、自分が信じるとしておしむ笑顔だった。
「美咲、今はどう? 寂しくなることはない?」
私の問いに、美咲はしだけ線を井に向け、それから穏やかに答えた。
「たまにね、ふとだなあってう夜はあるよ。でもね、お母さん」
娘は私の目をまっすぐに見つめた。
「毎、誰かをらせないように息を殺して怯えていた頃に比べたら、今の寂しさなんて、ちっとも怖くないわ。
誰に鍵を渡すか、誰をこの部に招き入れるかを、全部自分で決められるんだもの」
私は娘のさなを、テーブル越しにそっと包み込んだ。
「そうね。それが、きるってことよ」
にお茶をいただき、夕暮れになって私は腰をげた。
「じゃあ、そろそろ帰るわね」
「駅まで送るよ」
「いいのよ、歩くのがいい運になるんだから」
玄関先で軽くを振り、私はマンションのエレベーターをりた。通りにると、ひんやりとしたのがよく照った頬を撫でていく。
駅の改札が見えてきたところで、私はふとち止まった。肩にかけたバッグのを探る。底までを入れても、指先に触れるはずの革の触がない。
「……またやってしまったわね」
わず苦笑いが漏れた。駄箱のに、財布を置いたままてきてしまったのだ。
のあのと、全く同じ抜けな失敗。私はため息をつきながら、踵を返して娘のマンションへと引き返した。
オートロックを抜け、エレベーターで美咲の部のまでがる。インターホンを押そうとして、私は空で指を止めた。
玄関のドアの向こうから、微かに声が漏れ聞こえていた。
、あの隙から聞こえてきたのは、乾いた平打ちの音と、憎悪に満ちた切り声だった。息が詰まるような絶望と、娘の押し殺した嗚咽だった。
だが、今、ドアの向こうから聞こえてきたのは。