"売却済みの洋食店で、女将ごっこをする女" 第11話
バサリ、と音をててエプロンが浩司の胸元に当たり、テーブルのに落ちた。
「な……何をするんだ、玲奈!」
浩司が狼狽えて叫ぶ。
「何をするんだ、ですって?」
玲奈の声は、をうようにかった。りで全が微かに震えている。
「私、昨夜あなたのアパートで、全部聞きました」
玲奈はスマートフォンを取りし、画面をタップした。
「あなたが私に何て言っていたか。忘れたとは言わせないわ」
スピーカーから、ざらついた音声が流れした。
『玲奈、もうしの辛抱だからな』『美緒とはいうちに絶対に別れる。あいつは勘定しか能がない女だ』『婚が済めば、瀬亭は俺たちのものだ。おを正真正銘の女将にしてやる』
浩司の甘ったるい、傲な声が、静かな内に響き渡る。
「消せ……! 玲奈、消せ!」
浩司がスマートフォンを奪い取ろうとを伸ばしたが、玲奈は素く歩を引いた。
「消さないわよ」
玲奈の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。だがそれは、しみの涙ではなかった。己の浅ましさと、男の欺瞞に対する、底れない侮蔑の涙だった。
「私、信じてたのよ。あなたが本当に、この伝統あるを背負ってつ覚悟のあるだって」
玲奈は吐き捨てるように言った。
「の会社を辞めて、友達にも自して、借までしてこのエプロンを誂えたわ。全部、あなたの言葉を信じたからよ」
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「玲奈、あれは……おをばせようとって……」
「ばせる?」
玲奈が笑した。
「あなたはただ、自分を崇拝してくれる女が欲しかっただけでしょ! 本当は自分のでも何でもないのに、奥さんにががらない惨めな自分を慰めてほしかっただけでしょ!」
「黙れ!」
浩司が鳴り、子を蹴り倒してちがった。だが、玲奈は歩も引かなかった。
「昨夜、あなたが状したこと、ここでも言ってみなさいよ!」
玲奈は浩司を指差した。
「あなた、からってたんでしょ!? このが、全部美緒さんのものだってことを!」
その言葉が落ちた瞬、幸子のきがピタリと止まった。
「……え?」
幸子が、呆然と息子を見げた。
「浩司……? ってたって……何の話よ?」
浩司は顔を背け、荒い息を吐きながらち尽くしている。額には脂汗がびっしりと浮きていた。
玲奈は止まらなかった。
「浩司さんはね、に美緒さんが遺産を資して会社を作ったから、自分がただの雇われ社だってってたのよ」
玲奈は幸子に向き直り、残酷な真実を叩きつけた。
「私が『いつ婚してくれるの』って迫るたびに、このは『の権利関係が複雑だから待ってくれ』って誤魔化してた。でも本当は、美緒さんに婚を切りしたら、から追いされるのが怖くて言いせなかっただけ!」
「浩司……」
幸子の声が震えていた。
「嘘よ……嘘よね? あんた、私には……美緒さんがを伝ってくれてるだけだって……のはあんたが継いだんだって……ずっとそう言ってたじゃないの……!」
母親の痛な叫びに対しても、浩司は何も答えられなかった。ただ、激しくする肩が、すべての肯定を示していた。
「なんで……なんで言わなかったのよ!」
幸子がちがり、息子の腕に縋り付いた。その目には、狂気じみた絶望が張り付いていた。
「私がどんないで……! 親戚におの自をして、美緒さんに『嫁の分際で』って偉そうに言って……! 私が今までやってきたことは、全部何だったのよ!」
幸子のプライド。「老舗の女将」として君臨し、嫁を見すことで保っていたっぺらな自尊。それが、すべて息子のついた嘘のに築かれた砂のだったのだ。
浩司は、縋り付く母親の腕を、乱暴に振り払った。
「うるさいんだよ!」
浩司のから、獣のような声がびした。
「母さんが! 母さんが毎毎『代目、代目』ってうるさいからだろうが!」
「浩司……?」
幸子が突きばされ、テーブルに腰をかに打ち付けた。
「親父がんだ、を畳もうって言ったのは俺だぞ!? それを『板を潰すな』『の恥だ』って泣き喚いて、俺を厨に縛り付けたのは母さんだろうが!」
浩司の顔は、醜悪な憎悪で歪んでいた。
「美緒にをげてをしてもらった、俺がどれだけ惨めだったか分かるか!? それを母さんは、何もらずに『美緒さんは気が利かない』だの『うちの敷居を跨げただけでも謝しろ』だの……! 俺が本当のことを言えるわけないだろうが!」