"検事採用面接の朝、夫は「妹のために辞退しろ」と言った" 第1話
朝。
アイロンの効いたスーツに袖を通し、寝のドアノブにをかけた瞬だった。
暗い廊の先にある台所から、く湿った声が漏れ聞こえてきた。
義母の声だ。
「玲奈には今、かせないで」
がに縫い付けられる。
あまりに唐突な言葉に、喉の奥が瞬で乾いた。
「彩佳の採用がかかっているのよ。あの子の気持ちも考えなさい」
息を殺し、廊の曲がり角のにを潜める。
数秒の沈黙の、夫の困惑した声が返ってきた。
「でも、玲奈だってずっと準備してきたんだぞ。今が任官面談なんだ」
「それが何だっていうの」
義母のえ切った語気が、静まり返ったのに突き刺さる。
「彩佳は度目の教員採用試験なのよ。嫁が先に受かってきな顔をしたら、あの子のはどうなるの」
臓が嫌な音をててねた。
……は?
が、すぐには理解できない。
検事の任官面談と、学教員の採用試験。
管轄も試験の性質も全く異なる選考が、なぜ結びつくのか。
混乱は、わずか秒で徹な考に塗りつぶされた。
義母は本気で私の未来を邪魔するつもりだ。
そして、夫のからた返答が朶を打った。
「……分かってる。俺から話すよ」
背筋がすっとたくなった。
夫は母の狂気じみた求を、拒絶しなかった。
方のふりをしながら、私を背から突き落とそうとしている。
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私は表の筋肉を徹に固定した。
しみなど湧いてこない。
胸の奥を満たしたのは、刃物のように研ぎ澄まされた警戒だけだった。
わざと音をて、平然とした取りで台所へ向かう。
卓のにいたが、弾かれたように肩を揺らした。
「おはようございます」
いつもと寸分違わぬトーンで声をかける。
夫は気まずそうに線を泳がせ、に持った湯呑みを自然に弄んだ。
義母は角だけを吊りげ、引きつった笑顔を作る。
「あら玲奈さん、いのね」
「ええ。今が切な面談ですから」
義母の濁った瞳を、まっすぐに見据えて答えた。
義母の目がわずかに細まり、隣の夫へ鋭い目配せを送る。
図を受けた夫が、わざとらしく咳払いをしながらをいた。
「なあ、玲奈。今の面談だけどさ、くの見送れないか?」
直球できた。
あまりの慮さに、乾いた笑いが喉元までかかる。
「どうして?」
眉つかさずに問い返した。
「おふくろ、昨夜から臓のあたりが痛むらしいんだ。病院に連れてきたいけど、俺も急な仕事が入ってさ」
息を吐くように嘘をねる夫。
先ほど廊で聞いていた密談とは、まるで辻褄がわない。
「お義母さんの付き添いなら、実の息子であるあなたが休むべきじゃない?」
私の淡々とした返しに、夫は言葉を詰まらせた。
「いや、俺は主任になったばかりだし……玲奈なら、まだ修習だから融通が利くだろう?」
「融通?」
声のトーンを段く落とす。
「今の最終面談を欠席すれば、私の検事任官は消えます。それがどれほどのを持つか、分からないの?」
夫は居悪そうにを縮め、貧乏揺すりを始めた。
そこへ義母が、待ってましたとばかりに横からを挟んでくる。
「女が仕事に欲をすのもいいけれど、庭の事を優先するのが筋でしょう」
平然と言い放つ義母。
その顔には、かけて培われた傲さが滲んでいた。
「彩佳だって今、を賭けた試験に向かうのよ。族が支えわなくてどうするの」
やはり、彩佳の名をしてくる。
だが、私の枷に娘の試験を使うなど、筋違いもだしい。
「お義母さん、私のを決めるのは私です」
私は鞄をに取り、迷いなくちがった。
「病院ならタクシーを呼んでください。私は予定通り向かいます」
夫の顔がみるみる変わる。
「待てよ玲奈! 族の命より仕事を取るのかよ!」
背からの声を完全に無し、玄関へ向かおうとした。
その瞬だった。
ダイニングテーブルのに置かれた夫のスマートフォンが、く震えた。
画面にポップアップ表示された通が、私の界を掠める。
『林先:本に残のお振込みをお願いします。』
林先?
私の記憶のどこを探しても、そんな物の名はしない。
画面を見た夫が、血相を変えてスマートフォンを伏せた。