"花嫁が逃げた祝言で、毒を盛られた若旦那が選んだ女中" 第4話
その、障子の向こうから気配がづいてきた。お染は素く首を垂れ、いつものように何も聞こえないふりをした。
障子がするりとき、顔にい刀傷を持つ権蔵が、薬の乗ったお盆をに入ってきた。
「若旦の薬だ。そこをどけ、このくさい女めが」
権蔵が荒々しく言い放ったが、お染は言葉のわからぬ者のようにただぽかんと座っていた。権蔵がでどけと図を送ると、お染はをく垂れたままゆっくりと横へを引き、壁の方を向いて居眠りをする真似をした。
権蔵は薬を枕元に置くと、鋭い目つきでお染を見ろし、でせせら笑った。
「もきけずも聞こえぬ片輪め。見ておることも聞こえることもなかろうて」
権蔵は懐からさな包みを取りした。お染は眠ったふりをしながら、横目でその様子をはっきりと見届けていた。
灯のので包みが広げられ、からっぽいがさらさらとこぼれ落ちた。権蔵はそのを薬のへ容赦なく振り落とした。
「さあ、今もひと匙。旦様の仰せ通り、歩歩着実に片付けねばな」
権蔵がく呟き、お染の背筋に氷のような戦慄がった。その言で、誰かの指図を受けて来るも来るも若旦にしずつ毒を盛っているのだと察したのである。
あののいと細かく滑らかな質は、の命をじわじわと蝕み、やがてに至らしめる恐るべき毒物だった。
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権蔵が薬をかき混ぜると、はたちまち溶け込んで跡形もなく消えった。権蔵は満げに頷くと、薬をお染の方へと押しやり、で促した。
「おい、これを若旦にませろ。1滴も残さずにな」
お染がわかったというようにく頷くと、権蔵はそのまま部をていった。
障子が閉まった瞬、お染は張り詰めていた息をきく吐きし、震える指先で薬を見つめた。夫の病は命などではなく、誰かが嬲り殺しにしようとしているのだと得した。
この薬を夫にませるわけにはいかない。お染は部の隅に置かれていた使われていない空の器に目を留め、毒入りの薬をその器へ移し替えて、代わりにただの湯をませる算段をてた。
お染が慎に薬の椀を持ちげた、まさにそのだった。障子が音をてて激しくき、ていったはずの権蔵が突然引き返してきたのだ。
「おっと、空の包みを忘れておったわ」
薬を掲げたお染のが虚空でぴたりと固まり、臓がへし折れるかとうほどの衝撃がった。権蔵がをきょろきょろと見回す、薬を空の器へ移そうとしていた腕が自然な形で止まっていた。
もし権蔵がその元を見れば、薬をすり替えようとしていたことが目で見し、そので万事が破滅する。
お染は刹のにを巡らせ、持っていた薬の椀をそのまま源の元へと運んだ。
あたかも今まさに薬をませようとしていたかのように見せかけ、源の唇に椀をそっと傾けたのである。
落ちていた包みを拾いげた権蔵が顔をげ、その様子を目にした。
「ほう、ませておるな。来だ」
権蔵は満げにを鳴らした。お染は源の元に椀を当てたままませる真似を続けたが、実際には1滴ものへは流し込まず、ただ唇を湿らせるだけの巧妙な芝居をしていた。
お染のつきがあまりにも自然で淀みがなかったため、権蔵は全く気づかなかった。
「そうだ、1滴も残さずに全てませるのだぞ」
権蔵はそう言い残し、今度こそ部をっていった。障子が閉まると、お染は全の力が抜けていくのをじ、背にぐっしょりとや汗を滲ませながらく胸を撫でろした。
源の元から椀をすと、幸い毒は1滴も喉を通っていなかった。お染は毒入りの薬を空の器に移し、しく汲んできた湯を源にませた。
そして毒の入った器を袖の袂の奥くへと隠し、夜がければ誰にも見つからぬよう始末することにした。だが、権蔵がいつまたに踏み込んでくるかわからず、1歩でも踏みせば命が吹きぶ々が始まったのだと悟った。
その夜、お染はもできず、夫の傍らを守りながら考えを巡らせた。