"「寝かせた金」と呼ばれた一千万円" 第2話
ブース内の空気が、凍りつく。
私の隣で、夫がを乗りした。
「おいおい、窓のミスじゃないのか? 妻は普段から物忘れがくてね、類にサインしたこと自体を忘れてるだけかも――」
「いいえ」
私は夫の言葉を、く鋭い声で遮った。
「度もいていません。私の署名ではありません」
担当者の表が、瞬で引き締まった。
「……承いたしました。ご本様による署名ではない、ということで違いございませんね」
「違いありません。跡も異なりますし、そもそもこの保証契約自体、本初めてりました」
「ちょっと待てよ織!」
夫が私の腕を掴もうとした。
私はそのを、類を指差す作で自然に払いのけた。
夫の顔からは、完全に血の気が引いていた。
額にじっとりと脂汗が浮き、唇が刻みに震えている。
「担当者さん」
私は平静な声で言った。
「今すぐ、この申請を『正利用による無効』として正式に処理してください。それから、私の名義の座すべてについて、代理による引きし、定期の解約、たな融資枠の設定を切受け付けないよう、・取引止のセキュリティロックをかけていただけますか」
「おい、織、そこまで袈裟にすることないだろ!」
夫が声を荒らげ、周囲のブースから線が集まった。
世体を何よりも気にするはずの男が、周囲の目すら忘れて狼狽している。
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担当者はちがり、礼した。
「かしこまりました。ただちに正申の続きをい、座の完全凍結・ロック処理に入ります。また、こちらの類につきましては、内部調査のため控えをお預かりし、ほど正式な異議申しての受領をお渡しいたします」
「お願いします」
続きが終わるまでの分、夫は私の隣で、貧乏揺すりを度も止められなかった。
をると、の乾いたが吹き抜けた。
駅のロータリー。
通勤客の波が途切れた歩で、夫が私の肩を乱暴に掴んだ。
「織、お、なんてことしてくれたんだよ!」
「なんてこと?」
私はち止まり、夫の目をまっすぐに見げた。
「私の名を勝に使って、偽造されたサインで保証に仕てげられそうになっていたのよ。防して何が悪いの?」
「あれは……偽造とか、そういう物騒な話じゃないんだよ!」
夫は周囲を気にしながら、声を潜めて言った。
「亮介だよ。亮介が、カフェをくことになったんだ」
亮介。
夫の歳の弟。
定職に就かず、派遣やアルバイトを転々としては、親戚の集まりで「いうちにきなビジネスをちげる」と呂敷を広げていた男だ。
「亮介さんが、カフェ?」
「ああ。あいつ、今回は本気なんだ。脱サラして、自分の力でを持ちたいって言ってる。弟がやっと自する気になったんだから、族として応援してやるのが筋だろ。
母さんも、男の俺たちが支えてやるべきだって言ってる」
夫はまるで自分が正義であるかのように胸を張った。
「で、その応援と、私の座に何の関係があるの?」
「資だよ、資! 舗の契約や内装費で、どうしても初期費用がりないんだ。俺の遣い稼ぎ程度の貯じゃりない。だけどおの座には、独代のが千百万も寝かせたままになってるだろ!」
「……寝かせたまま?」
「そうだよ! 今すぐ使うあてもないのに、ただに置いておくだけなんて無駄じゃないか。あれを保証枠に入れて担保にすれば、公庫からの融資もすんなり通る。族なんだから、し融通してくれたって減るもんじゃないだろ!」
喉の奥から、乾いた笑いが込みげてきそうになった。
。
私が代の頃から、朝から晩まで伝票を打ち、無駄遣いを削り、将来のために蓄えてきた血の滲むような千百万。
この男にとって、それはただ「寝かせたままの都のいい」だったのだ。
「だから、私の名を勝にいて、にしたの?」
「ち、違う! 俺がいたんじゃない! ……いや、亮介が類を急いでたから、事に話をつけておくつもりで、名だけ先に埋めたんだよ。でちゃんとおに話して、納得してもらおうとってたんだ!」
から話す。
つまり、既成事実を作ってから、事承諾を迫るつもりだったのだ。
私が断れない空気を作り、義母と結託して堀を埋めれば、従うとを括っていたに違いない。