"白いメットと二十二年の嘘" 第3話
自宅のリビングに戻ると、真奈美は真っ先にやかんにを張り、ガスコンロにを点けた。
浩之はリビングの真んに突っったまま、まるでのにがり込んでしまった法侵入者のように、所なさげに線を泳がせていた。
「真奈美、座れよ。ちゃんと話そう」
「お茶淹れるから、そこに座ってて」
真奈美は戸棚から湯呑みをつし、緑茶の茶葉を急須に入れた。が震えることもない。臓は驚くほど静かに、規則正しいリズムを刻んでいた。
こののために、彼女はヶのを費やしてきたのだ。いや、正確には、この数のすべてが、今というに向かって流れていたのかもしれなかった。
最初の裏切りは、息子の陸がまだ学だったのことだ。
浩之のワイシャツの襟元についていたファンデーションの匂い。怪しんで携帯話を見た真奈美の目にび込んできたのは、当会社に入りしていた派遣社員の女性との、々しいメールのやり取りだった。
『昨のホテル、楽しかったね』『奥さんにはバレてない?』。
真奈美がそのメールを突きつけた、浩之はリビングのフローリングに額を擦り付けて泣いた。
『魔が差したんだ。仕事のプレッシャーがすごくて、つい甘えてしまった。真奈美、頼むから許してくれ。おと陸を捨てる気なんて微もない。
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度と、絶対に度と裏切らないから!』
男の涙に、真奈美は毒気を抜かれた。何より、まだ歳の陸の父親を奪うことが怖かった。当の真奈美は専業主婦で、自分の力で子供を育てていく経済な自信もなかった。世体、子供の将来、宅ローン。無数の現実な枷が真奈美の首に絡みついていた。
『度目はないからね』
そう言って許した。許したはずだった。だが、度割れたガラスの瓶を接着剤で継ぎわせたように、夫婦のの信頼には無数の細い亀裂がり、度と元の透さを取り戻すことはなかった。
度目の裏切りは、陸が学受験を控えていただった。
夜の塾の送り迎えや模試の成績に真奈美が神経をすり減らしていた期、浩之は「残業」と「休勤」を繰り返していた。審にった真奈美が載のカーナビの履歴を調べると、彼が夜遅くに訪れていたのはオフィスではなく、隣町の静かな宅にあるアパートだった。
相は、趣のフットサルサークルでりったバツイチの女性だった。
問い詰めた真奈美に対し、浩之は逆した。
『おがのでピリピリしてて息が詰まるんだよ! 俺だってで戦ってきて疲れてるんだ! ちょっと話し相になってもらっただけだろうが! 浮気なんてしてない!』
体の関係はないと浩之は言い張った。
だが、女性とのLINEには『く真奈美と別れて緒になりたい』というメッセージが残されていた。
そのもまた、浩之は最終に謝罪した。陸の第志望の受験が迫っていたため、庭内で揉め事を起こすわけにはいかなかった。浩之の両親も駆けつけ、義母は真奈美のを握って涙ながらに言った。
『真奈美さん、浩之が本当にごめんなさい。でも男のには魔が差すこともあるのよ。陸ちゃんのためにも、ここはあなたがの対応をしてあげてちょうだい』。
の対応。それはつまり、女が耐え忍び、を噤み、男の過ちをに流すことの同義語だった。
真奈美は笑った。笑いながら、ので何かが完全にに絶える音を聞いた。
それ以来、真奈美は浩之を「夫」ではなく、「同居」として見るようになった。活費を運んでくる械。子供の学費を払うための契約相。そう割り切ることで、なんとかの平穏を保っていた。
だが、浩之はその真奈美の諦めを「妻は俺を許した」「俺は何をしても、最には庭に迎え入れてもらえる」という勝な全能へと都よく変換していたのだ。
急須から濃い緑茶を注ぎ、真奈美は浩之のに湯呑みを置いた。
湯気越しに見る浩之の顔には、かつて座したのような焦燥と、それをごまかそうとする営業マン特の取り繕いの表が混ざりっていた。
「……真奈美、さっきののでの話だけどさ」