"正月の料亭で仲居に渡された「逃げてください」の紙切れ" 第3話
笑いう、親子の声。
襖枚を隔てた廊の暗で、私は自分の爪が掌にい込むのをただじていた。痛みすらじない。ただ、臓の奥底から、え切ったマグマのようなりが静かに、確実に湧きがってくる。
。私はこのたちの何だったのか。族? それとも、都よく使える無料の介護員?
……絶対に、入らない。誰がその広にを踏み入れるものか。
私は踵を返し、音をてずに広かられた。廊をで通り抜け、庭の見える暗いラウンジのベンチに腰をろす。
震えるで、バッグからスマートフォンを取りした。画面を睨みつけ、呼吸をえる。く、く、たい空気を吸い込む。
分。画面に『修』の文字が点滅した。
通話ボタンを押し、に当てる。私は何も言わず、相の声を持った。
『もしもし? 真由美? どこにいるんだよ。トイレにしてはすぎるだろ。母さんも待ってるよ』
どこまでも々しい、常を装った声。その声音の裏に張り付いている醜い欺瞞をうと、全の毛穴が逆つようだった。
「……修さん」
私の声が、自分で驚くほどく、たく響いた。
『え? 何? 波悪いのか?』
「今、松のにいるんでしょう」
話の向こうで、息を呑む気配がはっきりと伝わってきた。
『……え? な、何言って……』
「奥の広。お義母さんと、美智子さんと、親戚の方々が集まっている部よ」
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数秒の、のような沈黙。夫の荒い呼吸だけが受話器から漏れてくる。
『ま、真由美……お、見てたのか……?』
「今すぐ、庭のラウンジに来て」
『いや、待てよ、真由美、これはだな――』
「来なさいよ。今すぐ」
言葉を叩きつけるように言い捨て、私は方に通話を切った。
スマートフォンの画面が暗転する。静まり返ったラウンジに、錦鯉がねる音だけがさく響いた。
数分もしないうちに、慌ただしい音が廊の向こうからづいてきた。現れた夫は、ネクタイを緩め、額にうっすらと汗を滲ませていた。私のえ切った線を受けると、泳ぐように線をへらせる。
「真由美……あのさ、誤解しないでくれよ。俺はおを騙そうとしたわけじゃなくて……」
「広、親戚全員を呼んであったのね」
私はちがらず、見げるように夫を見据えた。声を荒らげる気力すら起きない。ただ、事実だけを淡々と確認したかった。
「お義母さんと美智子さんとあなた、で事に全部決めていたのね。私に言の相談もなく」
夫は気まずそうにのを擦り、ベンチの端に腰をろそうとした。「座らないで」と言告げると、腰のまま固まり、けなく直した。
「……母さんの腰、最本当に良くないんだよ。病院の回数も増えてるし、俺も美智子姉さんも仕事があるだろ? どうしても平の昼にけるが必なんだ」
「だから、私にやらせようと?」
「お、昔から母さんの病院の付き添いとか、際よくやってくれてたじゃないか。母さんも『真由美さんならだ』って言ってるし……」
「私は医療事務として、フルタイムで働いているのよ。平の昼にけるわけがないでしょう」
「そこなんだよ!」
夫はまるで名案をいついたかのように、急にを乗りして声を弾ませた。その無神経なるさに、私の胃が激しく痙攣する。
「おさ、ずっと『仕事と事の両が変だ』って言ってただろう? 娘の音だって、もうだ。昔みたいにがかかるわけじゃない。だからさ、これをに、からパートに切り替えたらどうかって話になったんだよ」
……は?
を疑った。言葉のが、脳内でうまく処理できない。
「……パート?」
「そう! 美智子姉さんが母さんと相談して、もう体のスケジュールも組んでくれたんだ。週に、、午だけ所でパートして、午は母さんのサポート。それならおも無理なく働けるし、のことも余裕ができるだろ? 俺の稼ぎだってあるんだから、おが正社員に拘る必なんてないじゃないか」
夫は底から「おのための提案だ」と信じ込んでいる顔をしていた。その瞳の奥には、罪悪など欠片もしない。ただ、母親の介護という厄介な荷物を妻に押し付け、自分は親孝な息子の座に収まり、ついでに「妻の負担を減らしてやった優しい夫」