"4000円を頼んだ私に、死んだはずの父から4000万円" 第10話
「千万のおで私を守る? 冗談じゃない! あなたのおが、私を番惨めな見せ物にしているんですよ! 度と、あなたの内を私の活に踏み込ませないでください。次にあんな真似をされたら……その千万円、全額裁判所に供託して、あなたの名を世に公表します!」
私は弁護士の返事も聞かずに、通話を叩き切った。
ロッカーのたい鉄の扉に額を押し当てる。悔しさと、りと、けなさで、涙が次から次へと溢れて止まらなかった。
座の千万円は、希望などではなかった。母が頑なに隠し続けたの嘘と、豪の醜い遺産争いの引き。平穏だった私のを、根底から破壊しようとする、呪いそのものだった。
ロッカーのたい鉄板に額を押し当てたまま、私はしばらく息をえていた。
暗い従業員休憩には、誰かがべ終えたカップ麺の匂いと、洗剤のツンとした気だけが澱のように漂っている。の奥で、条理のややかな爪音がまだリフレインしていた。
『自分のの程くらい、弁えなさい』
あの女にとって、私は遺産という甘い蜜に群がる羽虫にしか見えなかったのだろう。けれど、本当に腹がったのは、侮辱されたことそのものじゃない。その屈辱な言葉に、瞬でも自分の元がぐらつき、座の残に怯えて言い淀んでしまった、自分自の卑屈さだった。
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制のエプロンを脱ぎ、私に着替えてタイムカードを切る。バックヤードを抜ける際、佐藤さんが配そうに線を向けてきたが、私はさく会釈をしてにをた。
夕方のたいが、照った頬を撫でる。横浜の古びた商を抜け、アパートへの階段を駆けがった、部のから異様な物音が聞こえた。
ゴト、と何かが倒れる鈍い音。それに続く、掠れた呻き声。
「……お母さん!?」
鍵を回し、靴も脱ぎ散らかして畳へび込んだ。
母が、畳のに崩れ落ちていた。胸元を両でかきむしり、肩を激しくさせながら、に変した唇から刻みに息を漏らしている。枕元には、倒れた湯呑みからこぼれたたい緑茶が、畳に黒い染みを作っていた。
「お母さん! しっかりして、お母さん!」
抱き起こした母の体は、氷のようにえ切っていた。指先が刻みに痙攣し、焦点のわない瞳が虚空を彷徨っている。喉の奥から、ヒュー、ヒューと笛を吹くような掠れた音が漏れていた。
迷っている暇はなかった。震える指でスマートフォンを取りし、画面に「119」を叩き込んだ。
「救急ですか、消防ですか」
「救急です! 母が、歳です、臓の持病があって……急に息ができなくなって倒れました!」
所を叫ぶ私の声が、狭い部に反響する。受話器の向こうの静な指示に従いながら、母の胸元を緩め、毛布をかき集めてえ切った体に掛けた。
「お母さん、すぐ救急が来るからね。息して、ゆっくり、吐いて……!」
母の骨張った指が、私の首を々しく掴んだ。その瞳に、恐怖と、何かに怯えるようなが浮かんでいる。
くから、夕を切り裂くサイレンの音がづいてきた。狭いに救急が滑り込み、ストレッチャーの輪がけたたましい音をてて階段をがってくる。
救急隊員が部になだれ込み、母のバイタルを際よく確認していく。
「血圧、酸素飽度! 酸素投与始します!」「かかりつけはどこですか!」
「隣町の、循環器医療センターです! 昨、脈弁狭症の診断を受けました!」
救急に運び込まれ、けたたましい警告音とともに体が揺れた。ストレッチャーの脇に座り、酸素マスクので浅く苦しげな呼吸を繰り返す母のを、私は両で握りしめ続けた。
青い蛍灯の、母の細い首が痛いほど現実だった。
座に千万あっても。豪の血が流れていようと。このり切った臓のでは、そんな数字は何のも持たなかった。命を救うのは、切れでも通帳の桁数でもない。ただ、いま目ので戦っている母の体と、それを繋ぎ止める医師の技術だけだ。
病院の救急救命センターに滑り込み、自ドアの向こうへ母が吸い込まれていく。私は待のいプラスチックのベンチに、取り残された。