"13年前に消えた母の手帳に、夫の昔の名前があった" 第9話
ガラスを隔てた狭い部。 パイプ子に腰掛けて待っていると、奥の鉄扉がき、あのが入ってきた。
、毎朝見送っていたあの。 アイロンの効いたシャツを着て、穏やかに微笑んでいたあの。
目のに現れた男は、無精髭が伸び、頬はに痩せこけていた。 仕ての良いスーツは皺だらけで、猫背になった体はさく縮こまっている。
あのは私を見るなり、アクリル板に両をついて泣き崩れた。
「美奈……本当に、すまなかった……!」
掠れた、震える声。 アクリル板のさな通気孔から、あのの荒い息遣いが漏れてくる。
「俺は、親父がまさかあんなことをするなんてわなかったんだ……! 晦の夜、事務所をた、本当に何が起きたのからなかったんだ! 翌朝、血痕を見つけて問い詰めたけど、親父は『事故だ、もう埋めた』って……俺は怖くて、どうしようもなかったんだ……!」
保の言い訳が、唾とともにアクリル板の内側にび散る。
私は、微だにせずその顔を見つめていた。 鳴る気力も起きなかった。ただ、胸の奥底が底なしの気に満たされていく。
「……ねえ、修平さん」
私の平坦な声に、あのはびくりと肩を震わせ、すがるように顔をげた。
「俺は、いつか君に全部話すつもりだったんだ。本当に、ずっと話そうとってた……!」
「何目に?」
私の問いに、あののが半きのまま止まった。
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「……え?」
「何目に、話すつもりだったの?」
私は線を逸らさず、まっすぐにあのの濁った瞳を射抜いた。
「私たちが結婚した? それとも、毎晦に、私が泣きながら梨の警察署に通っていた? それとも、2018に私が『倉庫を探そう』って言った?」
あのは喉を鳴らし、何も答えられない。
「私が何も気づかなければ、あなた、墓まで黙って持っていく気だったんでしょう?」
「違う……美奈、違うんだ……!」
あのはアクリル板を爪で引っ掻くようにして、必に首を振った。
「俺は、おをしてた! それは本当なんだ! おをしませたくなかった! 俺とおが築いてきたは、嘘なんかじゃない! 美奈、頼むから言ってくれよ……俺たちのは、全部無駄だったのか!?」
泣き叫び、許しを乞う男。
そのれな姿を見て、私は静かに息を吸い込んだ。
「美奈、俺は本当に君をしていたんだ!」
叫ぶあのに対し、私はえ切った唇をかした。
「ってる。だから、余計に怖いの。」
あのの瞳孔が、恐怖で見かれた。
「私をしながら、傷つけないように抱きしめながら、あなたは母の遺骨のに、平気な顔をしてを建てて暮らしていたのよ。……その神経が、私には何よりも恐ろしいの」
私はちがった。
背で刑務官がく気配配がする。 アクリル板の向こうで、あのが狂ったように私の名を叫びながら板を叩いていた。
私は度も振り返ることなく、面会のいドアを押しけた。
それからの数ヶ、私はを完全に麻痺させ、事務な続きだけに没した。
弁護士を介して作成した婚協議は、公正証として作成された。 慰謝料の算定、財産の清算、そして度と私や父に接触しないという誓約。 あのは弁護士ので、震えるで署名と押印を済ませたという。
役所の戸籍課で、緑の縁取りがされた婚届を提した。 受理印が押され、私の名字は名乗った「佐藤」から、旧姓の「川」へと戻った。
戸籍謄本を取り寄せ、そこに記載された「除籍」の文字を見た、ようやく肺の奥までたい空気を吸い込めた気がした。
の終わり、母の遺骨は甲府内の台にある公営墓に納骨された。
、たいとコンクリートに閉じ込められていた母は、ようやく青空が見える所に帰ってきた。
墓に刻まれた母の名を撫でながら、父は静かに言った。 「これで、やっとに帰れたな、千鶴」
その背はさく丸まっていたが、背負い続けていた底れない荷は、確実に消えっていた。
そして、が経った。
2027、晦。
甲府の実の居には、温かい汁のりがふわりと漂っていた。 台所では、父が越しそばを茹でるために、きなお鍋にお湯を沸かしている。
テレビからは、毎と変わらない末の番組の音が、穏やかに流れていた。