みかん小説
本棚

"忘れた財布が暴いた、娘の結婚の地獄" 第10話

そのろから、俯き加減にの男が部へを踏み入れた。

森田純平だった。

目見て、異様な違を覚えた。 かつて親族ので見せていた、隙のない仕ての良いスーツと爽やかな笑顔はどこにもない。 しわの寄った黒いジャケット、無精髭のえかけた顎、充血して窪んだ目。 いかにも「ともに追い詰められ、く傷ついた被害者」のようなれな姿を、全で演しきっていた。

純平は娘の姿を界に捉えると、袈裟に息を呑み、胸を押さえるようにして々とをげた。

「さやか……来てくれたんだね……」

掠れた、涙声のような響き。 娘は線を切逸らさず、ただ無言でその男を見据えていた。

席に着くと、相方の配の弁護士が咳払いをし、事務にをいた。

「ええ、本はおをいただきありがとうございます。当方といたしましては、森田純平氏のい希望もあり、なんとか協議婚を回避し、関係修復のを探りたいと考えております」

相弁護士が類を取りす。

「森田氏自、当のなについてく、く反省しております。職での過度なストレスが原因であったとはいえ、決して許されることではないと自覚しております。つきましては、今度と過ちを繰り返さないための誓約を作成し、同に――」

相弁護士がそこまで言っただった。

広告

ガタッ、と激しい音をてて子が引かれた。

純平だった。 男は突然ちがり、テーブルを回り込んでこちら側へ歩み寄ろうとした。

「かないでください!」

林弁護士が鋭い声で制止する。 同席していた男性職員が素く割って入ると、純平はそので、崩れ落ちるように両膝をに打ちつけた。

会議のいリノリウムのに、額を擦りつける。 座だった。

「さやか! 本当に悪かった! 俺が全部悪かったんだ!」

張り裂けんばかりの絶叫が、狭い会議に反響する。

「おがをてから、も眠れないんだ! 飯も喉を通らない! おがどれだけ切なだったか、失って初めて骨の髄まで分かったんだよ!」

ボロボロと粒の涙をにこぼしながら、男は顔をげ、すがるような狂気じみた線を娘に向けた。

「カウンセリングでも何でも受ける! 自費で専のクリニックに通って、アンガーマネジメントの治療を全部受けるよ! 料の管理も、通帳もスマホも全部おに渡す! おの仕事だって全面に応援する! だから……だから度だけチャンスをくれ! 俺たちの5の夫婦活を、たった度の過ちで捨てないでくれよ!」

息を呑むような迫真の懇願。 涙に濡れた顔、震える肩、に擦り付けられた両。 もし事をらない第者がこのにいれば、「ここまで夫が反省しているのなら、やり直す余があるのではないか」

と錯覚してしまうほどの、完璧な願の芝居だった。

相方の弁護士すら、居悪そうに線を泳がせている。

……全部、っている。 私の脳裏に、数の喫茶で吉田さんが語った言葉が鮮に蘇っていた。

『あいつはそのに座して泣き崩れた。「しすぎて自分を見失っていた」とな』

8、吉田真奈美さんを追い詰めたと、何つ変わっていない。 この男が流しているのは、相への申し訳なさの涙ではない。 「自分のものであったはずの所物」がい通りにならないことへの焦りと、自分の社会を守るための自己の涙だ。

私の胸ので、激しい嫌悪が渦を巻いた。 をきそうになる唇を、私は必で噛み締めた。 私が鳴りつけてはならない。 ここで私が代弁してしまえば、結局あの子は「母親に守られた子ども」のままになってしまう。

私はただ、娘の横顔を見つめた。

娘はどうするだろう。 あの恐ろしい部で、この男が泣いて束を差しすたびに、「私が至らないせいだ」と許してしまっていたあの子は。 また、この卑屈な涙に絆されてしまうのだろうか。

私の配をよそに、娘の呼吸は驚くほど静かだった。

娘は、に額を擦りつける純平を見ろしていた。 その瞳には、恐怖も、揺も、りすらもなかった。 ただ、どこまでもく、澄み切った徹なだけが宿っていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: