"忘れた財布が暴いた、娘の結婚の地獄" 第9話
臓が鐘を打っている。 りで両膝が微かに震えていた。
リビングへ戻ると、娘がち尽くしていた。 腫れた頬をやすことも忘れ、そうに私を見つめている。
「……お義母さん、ってた?」
「らせておけばいいの」
私は娘のに歩み寄り、え切ったその両肩を力く抱き寄せた。
「何も恐れることはないわ。あなたが悪いんじゃない。あのが守ろうとしているのは、あなたの幸せでも反省でもない。ただの張りぼての世体よ。そんなものに、あなたのを差しす必なんてこれっぽっちもないの」
娘は私の胸に顔を埋め、さく頷いた。 その背はもう、絶望に震えてはいなかった。
翌、林弁護士からの受任通が純平と義母の元へ内容証郵便で送達された。
効果は劇だった。 固定話のけたたましいベルはピタリと止まり、実の周囲をうろつく審なも現れなかった。 法という目に見えない鉄の檻が、あの男の暴を辛うじて縛り付けていた。
けれど、嵐がったわけではない。 本当の戦いは、娘のので続いていた。
娘は客に持ち込んだノートパソコンをき、かつて途絶えさせていた仕事のポートフォリオを再構築し始めていた。 だが、作業の途でふとスマートフォンの画面がるだけで、娘の全が張り、指先が凍りつく。
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急なバイクのエンジン音がで響けば、息を呑んでカーテンの隙を伺う。
体は全な実にあっても、はまだあの息の詰まるリビングに囚われていた。 の精神支配が植え付けた毒は、そう簡単には抜けない。
私は余計な励ましをにするのをやめた。 「頑張りなさい」も「もうよ」も、今のあの子にはプレッシャーにしかならない。 私はただ、毎朝決まったに温かい噌汁とご飯を並べ、娘がデザイン作業に没しているは静かに針仕事をし、あの子が顔をげたに笑いかけることだけに徹した。
実に戻って週が過ぎた頃。 林弁護士から本の連絡が入った。
「相方の代理弁護士から、婚協議の申し入れがありました。森田純平氏本も同席の、直接話をしたいとく希望しています」
受話器を握る私の胸が騒いだ。 直接会う? あの男と?
「林先、娘をあの男に会わせるのは危険ではありませんか?」
「当事務所の会議でいますし、私と相方弁護士、ビルの警備員も待させます。物理な全性は完全に確保されます。ただ……さやか様のお気持ちが最優先です。本が拒否すれば、面だけのやり取りでめることも能です」
話を切り、私はリビングの娘に向き直った。 林先からの話をありのまま伝えると、娘はマウスを握るを止め、じっと自分ののひらを見つめた。
指先が微かに震えている。 あのの恐怖が、鮮に蘇っているのが分かった。 私は言った。
「無理に会う必はないのよ。先に全部任せて、あなたはここにいればいい」
娘はしばらくの、息を潜めていた。 の柔らかな差しが、娘の頬のくなり始めた痣を照らしている。
やがて、娘は顔をげた。 その瞳には、迷いを断ち切ったような静かなが宿っていた。
「……ううん。私、くよ」
「さやか……」
「逃げたままだと、私、あののに怯えてきることになる。ちゃんと自分ので言わなきゃダメなの。『もうあなたの元には戻らない』って、あのの顔を見て、この声で伝えたい」
娘の言葉に、私は胸を突かれた。 いつのにか、この子は私がうよりもずっとくへ、自力で歩きそうとしていた。
「分かったわ。私も緒にく。何があっても、あなたの隣にいるから」
娘はさく、力く微笑んだ。
協議の。 関内にあるゆり法律事務所の第1会議は、苦しい緊張に包まれていた。
窓のには、ののがく垂れ込めている。 目の細いテーブルを挟んで、私と娘、そして林弁護士が並んで座っていた。 娘はな濃紺のブラウスにを包み、膝ので両を揃えていた。 指先はくなるほどく握りわされている。 私はテーブルので、そっと娘のたいの甲に自分の掌をねた。
定刻の分、ドアがノックされ、相方の代理弁護士が入ってきた。