"忘れた財布が暴いた、娘の結婚の地獄" 第1話
玄関のわずかな隙から、肌を裂くような乾いた破裂音が漏れ聞こえた。
直に続いたのは、何かがへ崩れ落ちる鈍い音と、押し殺したい鳴。
忘れ物の財布を取りに戻っただけの玄関先で、私の全の血が瞬で凍りついた。
指先が震え、ドアノブを握るの覚が消える。 何が起きているのか、が追いつかない。 それでも私の体は反射に扉を押しけていた。
靴も脱がずに廊へ踏み込んだ私の界にび込んできたのは、に散乱した菓子の箱と、横倒しになって畳にをつく娘の姿だった。 娘はの頬を両でく押さえ、刻みに肩を震わせている。
その真に、仁王ちで見ろす男がいた。 義理の息子、森田純平。
いつも誰に対しても丁寧で、腰がく、親族のでは甲斐甲斐しく娘の世話を焼いていたはずの男。 その顔には、今まで度も見たことのないどす黒いりが張りつき、目は血っていた。
娘の細い首を乱暴に掴みげ、激しい声が静かな部に響き渡る。
「勝な真似しやがって。誰に吹き込まれた? ああ!?」
「痛い……っ、放して……お願いだから……」
娘の泣き叫ぶ声を聞いた瞬、喉の奥から何かがせりがった。
「何をしているの、純平さん!」
鳴のような私の叫び声に、あの男のきが止まった。 ゆっくりと首をこちらへ向ける。
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事態を呑み込めないような歪んだ表を浮かべた、その男のから吐き捨てられたのは、信じられない言葉だった。
「……チッ。この女、母親まで連れてきやがったのかよ」
喉の奥がカラカラに乾き、息が詰まる。 私のっている義理の息子の姿は、そこには微もなかった。 目のにいるのは、妻を私物のように見し、支配することに執着する見らぬ怪物だった。
娘を守らなければ。 そのでに踏みそうとした私の背から、くい音が響いた。
「……また、おなのか」
静まり返った玄関に落ちたその言に、純平の体がまるでしたかのように直した。
純平の線が、私の背につ物を捉えた瞬。 男の顔から、文字通り滴残らず血の気が引いていった。
そこにっていたのは、私にをして送ってくれた吉田修さんだった。 商の集まりで顔をわせる、温で物静かな械備会社の社。 吉田さんは鳴るでもなく、ただえ切った差しでリビングの惨状を見据えている。
「よ、吉田……さん……?」
純平のから漏れたのは、擦れたような、けない掠れ声だった。 が激しく震え始め、さっきまで娘を押さえつけていた腕が力なく垂れがる。 そして次の瞬、信じられない景が私の目ので起きた。
あの男が、そのに崩れ落ちるように両膝をつき、畳に額をこすりつけたのだ。
「お願いします……! お願いですから……! 8のことだけは……あいつに話さないでください……!」
額をに打ちつけ、願するように震える義理の息子。 ……は? 8? 話さないでって、どういうこと?
のが真っになった。 このはりいだったのか? なぜ純平は、吉田さんの姿を見ただけでここまで怯え、跪いているのか?
問い詰めたい言葉が喉までかかった。 けれど、吉田さんは純平を瞥しただけで、その卑屈な懇願を蹴するように私へ線を向けた。
「さん。昔話をしているじゃない。まず、耶さんだ」
その静な声で、私はに返った。 散乱した荷物を踏み越え、にうずくまる娘の元へ駆け寄る。
「耶!」
声をかけると、娘はびくっと肩をねげ、怯えた瞳で私を見げた。 赤黒く腫れがった頬には、男の掌の形がはっきりと浮きている。 首には、乱暴に締めげられた指の跡が濃いの鬱血となって残っていた。
無理やり腕を引っ張ってたせようとして、私はいとどまった。 の女性として、あの子自の尊厳を取り戻させなければならない。 私は畳に膝をつき、娘の震える線と同じさまで顔をげた。
「耶。ここを、たい?」
娘の瞳が激しく揺れた。 何もの、植え付けられてきた恐怖と、諦めと、わずかな迷い。 もしここで娘が首を横に振れば、親であっても踏み込めない。
沈黙が部の空気をく押し潰す。